浜町SCIコラム
GMAC経営危機から見える産業の課題(2)本当の客に売らない産業界
投資銀行も、ノンバンクも、こぞって、公的資金に群がる米国金融界。
この現象は、ある一つの点で共通したものがある。
現業を行っていたはずの企業が、実は、顧客へモノを売っていなかったということだ。
自動車
米国の自動車業界で特に顕著なのは、自動車リースが盛んだったこと。
自動車は現金で買うものでなく、リースするものという考えが浸透していた。
メーカーが極めて低利のリースをつけていたから、当たり前のことだ。
GMACは、その恩恵で、事業を拡大してきた。
日本でも、同じような趨勢は見受けられる。
製品を売り切るのではなく、リースとサービスを供給するというモデルは、誰からももてはやされた。
メーカ側からすれば、販売後も顧客との接点を継続し、更新需要を狙うこともできた。
販売による利益に加えて、金融業による収益も稼げるモデルだった。
しかし、このモデルの欠点は、製品を顧客に売っていないことだ。
製品を売る相手は、リース会社、つまり、身内である。
ユーザがリース料を払えなくなれば、車がリース会社に戻ってきてしまう。
以前のように、中古市場が効率的に機能すればそれでもいいだろうが、経済停滞が鮮明になれば、有利な価格での現金化は望めない。
無理に売れば、中古市場の需給が緩み、新車市場にも悪影響だ。
それでも、自動車はまだましだろう。
住宅
言うまでもないが、サブプライムローンが問題の筆頭だ。
Ninjaローンのようなwithout recourseのローンは、あたかも、債務者から約定返済を受けるというより、住宅の差し押さえで返済を受けることを想定していたように見える。
日本でも、マンションデベロッパーの破綻が、その仕組みを暴露しつつある。
デベロッパーがマンションを売る相手は、個人顧客ではなく、投資銀行などの金融機関・投資信託だった。
実需のない機関投資家に売ることで、永遠に商売になるなら、まことに便利な事業モデルだった。
しかし、買い手の機関投資家の財務がタイトになったり、エンドユーザの実需がともなわなければ、破綻するのは当たり前のことだ。
エンドユーザの実需があるならば、たとえ機関投資家の懐が苦しくなっても、換金化する道はどこかにあったろう。
しかし、空き室率が高まればそれもできない。
つまり、エンドユーザに売ることを前提としないモデルの破綻である。
証券化商品
モノ作りではないが、今回の金融危機の主役と言える証券化商品もそれと同じことだ。
MBSを転売を前提としない投資家に売るのなら、それは健全なことだったろう。
分散したいなら、1度だけ2次証券化するのもいいことだろう。
しかし、同じ原債権が何度も何度も2次証券化されてしまった。
日本の不動産バブルで聞いた話だ。
銀行の支店長室に不動産業者が3社集まった。
各社が1つずつの権利書を持ち、その権利書を右側の業者に渡す。
3回やれば、元に戻るが、その時には、価格は2-3倍になっている。
業者はキャピタルゲインを喜び、かさ上げされたP/Lを根拠に銀行は融資を拡大した。
産業は、最終需要家に売るという基本に立ち戻らなければいけないのではないか。
その基本を守る限り、生じる「泡」の大きさは、そうは大きくならないだろう。
この記事は 2008 年 12 月 11 日 木曜日 8:09 PM に 経済 カテゴリーに公開されました。 この記事へのコメントは RSS 2.0 フィードで購読することができます。 現在コメント、トラックバックともに受け付けておりません。