【書評】新・所得倍増論

アトキンソン氏の主張は、取り立てて目新しいものではない。
数十年前から言われてきたことでもある。
おそらくアトキンソン氏はこの数十年、変化の遅い日本社会にイライラしてきたのであろう。
英米の人たちが言いそうな話でもある。
比較的、資本家の利益を重んじる英米流の考えであろう。

多くの説得力のあるデータが示されている。
しかし、それも絶対ではない。
一つ一つの事実は否定できないが、はっきりした思想を前提に解釈されているので、多くのデータがそもそも議論の対象とならないとの反論もありえる。

この本のいいところは性悪説のようなスタンスで書かれているところだろう。
現状の日本には改善すべき点が多いと自覚し、言い訳をせず実行しろと命じている。
日本が常によりよい国であり続けるために、このメンタリティは必須だ。
アトキンソン氏は、メディアにおけるある変化を心配する。

「マスコミの方に聞くところによると、現在、テレビ番組や書籍などで、とにかく日本文化を礼賛するような内容のものが多いのは、このような『自信をもてば日本は復活する』という思想に基づいていることが多いのだそうです。」

アトキンソン氏は現象を紹介するだけで、それを評価することは避けている。
しかし、この紹介のしかたを見れば、アトキンソン氏が強い違和感を感じているのは明らかだ。
確かに最近、文化に限らず、たとえば日本のものづくりなどを礼賛する内容が多い。
世の中には誉めて伸びる人もいるのだろうが、強い違和感がある。
筆者の経験で言えば、立派な企業は日本だろうが海外だろうが立派な仕事をしているものだ。

日本人はどちらかと言えば、減点法で自らを理解し、マイナスを減らしていくことを得意とするのではないか。
とりわけ産業について言えば、礼賛とは慢心をもたらしかねない。
しいていい点を挙げるなら、減点を押し隠すことで、内閣支持率がいくらか上がるのかもしれないが。

日本が英米よりいい国だとは言わない。
ただ、なんとなく思うのは、日本は英米より不幸な人が比較的少ないのではないか。
その意味で、英米流の資本主義をそのまま是とはしたくない。
しかし、そう考えても、本書のような厳しい指摘・叱咤激励は貴重なものであろう。

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