【書評】本当は世界がうらやむ最強の日本経済

元JPモルガンの日本経済アナリスト、イェスパー・コール氏による日本経済論。
デービッド・アトキンソン著『新・所得倍増論』とのアプローチの違いが興味深い。

この本は性善説とでもいうような書き方で書かれている。

  • 前回のアトキンソン氏の著書が《日本はここがダメだから、直さなければいけない》と説くのに対し
  • 今回のコール氏の著書では《日本はそこそこやっているから、それを踏まえてこうやるといい》と説いている。

ここに、

  • より純粋な資本主義を肯定する英国で生まれたアトキンソン氏と
  • コミュニティなどより幅広い利害関係者に配慮するドイツで生まれたコール氏

の違いを見るのはステレオタイプすぎるだろうか。

昨今の世界的な格差問題、ポピュリズムの台頭を見る限り、市場メカニズムへの過信が得策でないことは明らかなように見える。
その意味でアトキンソン氏のアプローチを完全に肯定することはできない。
しかし、一方でコール氏のアプローチもまた首を捻るところがあるのだ。
一口に言って、このアプローチは優しすぎる。

「Q. 日本がマイナス成長ってホントですか?
 A. 日本のGDPは二〇年間ほぼ安定しています!」

コール氏は横ばいのGDPを是としているようにも読める。
これには違和感を感じる人も多いに違いない。

実は筆者自身は横ばいのGDP(円建て)が悪いことだとは思っていない。
(同時に円の購買力が上昇しているならなおさらだ。)
GDPの増大だけが国民の幸福を改善する唯一の方法ではないはずだ。
と言いながら、GDPが増えることがいいことであることも否定しない。
これを説明するなら長い議論になる。

コール氏にも信念があり、横ばいGDPを絶対悪とは言わないのだろう。
ただし、こうした議論は、その信念の部分から説明をしないと、必ずしも受け入れられないのではないか。
信念をともにする人からは受け入れられ、異にする人からは見向きもされないで終わる。
そうだとすれば残念だ。

本書はバランスよく、小さな進歩も評価し、多様なルートによる社会の改善を許容する、成熟した価値観を感じさせる。
一方で、優しすぎるから、変化を拒む言い訳を与えてしまうかもしれない。
だから、ぜひデービッド・アトキンソン氏の本と一緒に読まれることをお勧めしたい。

両書の共通項についてもチェックしておこう。
共通する点は、前回述べた生産性向上の必要性だけではない。
デフレに対する見方にも共通したところがある。

コール氏はこう書いている。

「日本は本当に深刻なデフレだったのか。
そもそもデフレは悪いことなのか。
この二つの点で、大いに疑問があるのです。」

一方、アトキンソン氏はこうだ。

「『デフレ』は本質的な問題ではない
・・・
本書では、このテーマを意識して避けてきました。」

やはり、デフレとは原因ではなく結果だったのではないだろうか。