浜町SCIコラム
経営者の交代 (1) プロレスリング・ノア
プロレス団体、プロレスリング・ノアのエース選手兼社長の三沢光晴さんが46歳の若さで亡くなった。
心からご冥福をお祈りしたい。
日本のプロレス界を代表する、すばらしい選手だった。
かつて、日本には、力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木などのエース選手がいたが、三沢さんはそれと並ぶような選手だ。
プロレスの技術という面では、上の3選手をはるかに凌駕する選手だった。
かつて、力道山が率いた日本プロレスは、力道山なき後、分裂する。
三沢さんはジャイアント馬場さんが率いる団体に入門した。
ジャイアント馬場さんが亡くなった後、社長となるが、その後、辞任して独立、2000年、プロレスリング・ノアを設立した。
38歳の時だった。
筆者が注目したいのは、その全日本プロレスの辞任劇だ。
真偽は定かではないが、オーナーとの間のあつれきがあったという。
ほとんどの役員、フロント、選手が三沢さんと共にして、プロレスリング・ノアに参加している。
テレビ局や興行主との関係を一旦切って、独立することはたいへんなリスクだ。
しかし、ほとんどの経営陣も従業員も、三沢さんと共にそのリスクをとったことになる。
テレビを見ていても、義理堅い人柄が伝わってきた。
この人柄が、彼のリーダーシップを生み出していたのかもしれない。
38歳のリーダーシップ、産業界も見習いたいところだ。
この記事は 2009 年 6 月 14 日 日曜日 4:21 PM に 企業 カテゴリーに公開されました。 この記事へのコメントは RSS 2.0 フィードで購読することができます。 現在コメント、トラックバックともに受け付けておりません。