最近、無形資産評価が話題になっている。
M&A取引の後に、会計のためだけに無形資産の評価をするというものであり、近々義務化される可能性がある。
義務化されると、M&A取引の経済計算に加えて、新しい手続きが必要になることになる。
本コラムでは、その概要を紹介する。

(本コラムは2008年6月現在の会計基準等に基づいて執筆しています。
 最新の情報については、皆様お取引の会計士様など専門家にお問い合わせ下さい。)

会計基準コンバージェンスの流れ

国際的に会計基準を収斂させようとする動きが活発であり、その一つとして「無形資産」の取扱にもコンバージェンスの動きがある。

コンバージェンス前(2008年6月現在)の無形資産の計上要件は「識別要件」を満たす場合に
・日本基準 → 計上可能
・米国基準、国際会計基準 → 計上義務
となっている。
コンバージェンスが進めば、当然、日本でも計上が義務化されることが予想される。

PPAとは

Purchase Price Allocation
M&Aにより受け入れた有形・無形の資産に買収価格を配賦する手続き。

M&Aにより受け入れたオンバランスの資産・負債は、通常、資産・負債の時価を再評価した後に受け入れる。
M&Aでは買収価格に何がしかのプレミアムが載ることが多く、再評価後の資産・負債の純資産額との間で
 買収価格 > 再評価後の純資産額
となることも多い。
(逆もありうる。)
これまでは、この差額をのれん代として計上していた。
(無形資産として計上するのは、任意だった。)

コンバージェンス後は、この差額のうち要件に合うものを無形資産として計上する義務が生じることになる。

無形資産の定義

無形資産 Intangible Asset の定義については、国際会計基準委員会(IASB)による。
IAS38では、無形資産を「物理的実体のない識別可能な非貨幣の資産」としている。
換言して
(a) 無形資産の定義に合致し、
(b) 識別基準を満たす
とも記されている。

識別可能とは、
(a) 他の資産から分離可能なこと
(b) 契約上または法律上の権利から発生していること
のいずれかが該当することを言う。

無形資産の例

米国財務会計基準委員会(FASB)による無形資産の例示がSFAS No.141のAppendix.29-56に示されている。
「#」を付したものは(b)契約上または法律上の権利から発生したもの、
「*」を付したものは、(b)ではないが、(a)他の資産から分離可能なもの
を示している。

マーケティング関連
 商標、商品名、サービスマーク、企業グループのマーク、認証マーク #
 商品の見た目(独特の色、形、包装デザイン) #
 新聞発行人 #
 インターネットドメイン名 #
 協業忌避の合意 #

顧客関連
 顧客リスト *
 受注残 #
 顧客との契約と顧客との関係 #
 契約のない顧客との関係 *

芸術関連
 演劇、オペラ、バレー #
 本、雑誌、新聞、他の著作物 #
 作曲、作詞、CMソングなどの音楽作品 #
 絵画、写真 #
 動画、映画、音楽ビデオ、テレビ番組を含む映像、音声素材 #

契約関連

 ライセンス、ロイヤリティ、スタンドスティル合意 #
 広告、建設、管理、サービス、供給の契約 #
 (レシーまたはレサー問わず)リース契約 #
 建設許可 #
 フランチャイズ契約 #
 放映権 #
 モーゲージ回収契約等のサービシング契約 #
 雇用契約 #
 採掘、取水、空気の使用、伐採、通用等の使用権 #

技術に基づくもの
 特許権の取得された技術 #
 コンピュータソフトウェアやチップ・マスク #
 特許権の取得のない技術 *
 タイトルのリストを含むデータベース *
 秘密の製法、プロセス、レシピ等の企業秘密 #

コンバージェンス後ののれん

コンバージェンスが進むと、のれんは、再評価後純資産と買収価格の差異のうち、無形資産に計上できない部分ということになる。

無形資産のバリュエーション

国内では無形資産のバリュエーションの実績はほとんどないのが現状だが、他の資産クラスと同じように、次のようなアプローチが考えられる。
・マーケットアプローチ: 取引事例
・インカムアプローチ: 超過収益、ロイヤリティ
・コストアプローチ: 再調達コスト

無形資産のバリュエーションは、M&Aの買収価格の決定のような経済合理性に基づくバリュエーションではない。
会計の手続きに必要となる、事後の買収価格の配分である。
つまり、シナジー等を織り込んだ経済合理性に基づくバリューエションではなく、Fair Valueを求める手続きである。
このFair Valueという概念は、保有者にとっての価値という意味ではなく、客観的に第三者から売買されうる価値という意味であることに留意すべき。

IPのインカムアプローチ(ロイヤリティ免除法)による評価例

そのIPによる売上高のプロジェクションを作成し、適当なロイヤリティ料率と法人税率を乗し、現在価値を計算する。
そのIPの有効年数が
・定められるならば、その年数分だけ
・定められないならば、年金原価で終端価値を計算して加算し
現在価値とする。

さらに、これに償却にかかわる節税効果を加算する。
一説には、米国の場合15年分、日本の場合は10年分を加算するのが相場という。

IPRDのインカムアプローチ(超過収益法)による評価例

当該IPRDに基づく業績のプロジェクションを作成し、NOPLAT(Net Operating Profit Less Adjusted Tax)まで計算する。
NOPLATから要求される資本コストを差し引く。
 この差し引く資本コストには、独特の手法があるらしい。
 E&Yでは「貢献資産チャージ」という言葉で表現している。
差し引きの超過収益の現在価値を計算する。

さらに、これに償却にかかわる節税効果を加算する。
年数には、税法によって許される年数を用いる。 

割引率とSanity Check

無形資産評価額のSanity Checkは、資産と資本の利回りの一致によって行うことができる。
つまり、
・資産側はWeighted average of return on assetを計算
・資本側はWeighted average of cost of capitalを計算
して、右と左が合うかをチェックする。

これと逆の手順で、無形資産の割引率を求めることができる。

参考: 仕掛研究開発費

IPRD, In-process R&D

現在の日本の会計制度では、研究開発費は原則、発生時に費用計上している。
そこで、M&Aで取得した買収対象企業でのIPRDは、資産計上できるかという議論が起こってくる。
現在の日本では資産計上はできないが、IPRDについても、コンバージェンス後には一部資産計上となるものと予想される。

2008年6月30日企業会計基準委員会より公表された「『研究開発費等に係る会計基準』の一部改正(案)」では、M&Aの取得企業が取得対価の一部を研究開発費等(ソフトウェアを含む。)に配分した場合には、当該金額を配分時に費用処理しないものとしている。
つまり、M&Aで受け入れたIPRDのうち無形資産として受け入れたものは資産計上されることとなる。

これが実現すると、社内とターゲットでのIPRDの会計処理に差異が生じることになる。
将来的には、IASBに収斂していくものと予想される。

IAS38では、次の場合に開発費の資産計上を義務付けている。
(研究費ではなく、開発費とされている。)
(a) 使用または販売に供しうる無形資産が完成する技術的可能性があること。
(b) 無形資産を完成させ、使用または販売する意図があること。
(c) その無形資産を使用または販売する能力があること。
(d) 将来、その無形資産から経済的利益を得る方法があること。
  とりわけ、その無形資産の成果またはそれ自体について、市場の存在を説明できること。
  社内で利用する場合は、その無形資産の有用性を説明できること。
(e) 開発を完成し、使用または販売するための技術的、財務的、その他のリソースを有すること。
(f) 開発において、その無形資産に帰属する費用を計測できること。

参考: パーチェス法

かつて、M&Aの会計には大きく、Pooling-of-Interest法とPurchase法があった。
プーリング法では、買収・被買収の当事者を認定せず、のれんも発生しないルールだったため、消却負担を嫌う企業から好まれた。
日本では文化的に「対等合併」という精神を好む風土があり、プーリング法が好まれる傾向があった。
しかし、M&Aの実体では、やはり買収者と被買収者が存在する。
2社がともに存続会社となることはないし、全く同じ企業が2つ存在することもない。

会計の世界では、プーリング法において、買収者のコストが計上されないことが問題とされた。
そこで、IASBもFASBも、M&A会計をパーチェス法に限定した。(SFAS No.141, IFRS3)