レイ・ダリオの失敗談を深読みすれば

世界最大のヘッジ・ファンドBridgewater AssociatesのRay Dalio氏によるコラムを先日紹介した。
このコラムについて少々深読みしてみたい。

ダリオ氏のコラムはとても含蓄の深いものだった。
それゆえに、すべてを訳さず、主たるテーマに焦点を当てて抄訳した。
ここで落とした部分がある。
それは、ダリオ氏が教訓を得たという失敗のくだりだ。

私はこの教訓をキャリアの初期にきつい方法で学んだ。
とても手痛い、悪い賭けをしてしてしまったのだ。
一番大きい誤りは1981-82年、米経済が不況に陥ると確信した時だ。
FRBの金融引き締め政策と大きな債務残高を考えれば、世界的な債務デフォルトが発生し、FRBがそれに金融緩和で対応すれば、インフレが加速してしまうと調査の上で確信したのだ。
私は不況が訪れると確信し、新聞のコラム、テレビ、ついには議会証言でもそれを主張した。
1982年8月にメキシコがデフォルトした時には、自分が正しいと確信した。
でも、私は間違っていた。
起こりえないと思っていたことが起こったのだ。
ポール・ボルカーFRB議長(当時)が利下げに踏み切った。
マネーサプライと信用の拡大は株式の強気相場を急発進させ、米国に史上最大のインフレなき経済成長期をもたらした。

出典:Business Insider

あのコラムは精神論だけだったのか。
ダリオ氏のコラムに時事的な意味はなかっただろうか。
いわゆるボルカー・ショックでの利上げとイエレン議長が今年にも行おうとしている利上げを重ね合わせる部分はないのか。
この2つの利上げはあまりにも前提が異なるのだが、勘ぐりたくなるのも人情だ。
まず、異なる前提が何なのかを見ておこう。

各国のインフレ推移

昔はこんなにもインフレ率は高かった。
インフレを望んだりすることはなかったのだ。
日本はオイルショックに苦しんでいたし、英国はその前から英国病に苦しんでいた。
米国も1970年代、高いインフレに苦しんでいた。
70年代の終わり、インフレと戦ったのはFRBのボルカー議長と英国のサッチャー首相であった。

ボルカー議長が就任した1979年の米インフレ率は11.25%。
金融緩和に転じた1982年は4.03%。
今の環境とは全く異なる。
それを理解した上で、勘ぐりを続けてみよう。

ダリオ氏は1981-82年、こう確信した:

FRBの金融引き締め政策と大きな債務残高を考えれば、世界的な債務デフォルトが発生し、FRBがそれに金融緩和で対応すれば、インフレが加速してしまう

ここに現在的な意味が込められているすれば、こうなる:

 イエレン議長による利上げの示唆、
 拡大する米政府債務残高を考えれば、
 世界的な債務危機のリスクが存在し、
 FRBが金融緩和を続ければ、
 インフレが加速してしまう

ポイントは、ボルカー・ショック時との相違だ。
今はインフレを恐れるような経済環境ではない。
つまり最後の2行は容易に落としうる。
だとすれば、結論は明白。
債務危機のリスクを恐れて、金融緩和が続けられる可能性に言及したものともとれる。

市場のコンセンサスが今年中の利上げに動く中、利上げが行われない可能性を喚起したのだろうか。
ボルカー議長(当時)が金融緩和に踏み切った後、米経済は長く続く回復を遂げ、80年代終わりのバブルへと向かっていく。
緩和的な金融政策の中でも各国経済が高いインフレに見舞われることなく、資産価格のみが上昇していった。
そういう可能性を述べたものなのか。

あるいは、低金利が長く続くという市場のコンセンサスも疑ってみる必要があるかもしれない。
どこかで思わぬ金利上昇が起こり、予想外の市場変動が起こる可能性もゼロではない。
ダリオ氏の会社では、今もこういうシナリオの検証が続いているのかもしれない。