曲がったFinancial Repression

最近、日銀が通貨の信用を意図的に貶めることによって、国家財政を救えるとする暴論が流行りだ。
それを唱える人たちの特徴は、「外野」であることなのだが。

本日の日本経済新聞では、編集委員の藤田和明氏が「忍び寄る見えない税」という記事を書いている。
その中で、金融抑制(Financial Repression)について、

インフレなどで債務負担を実質的に減らす一方、金利の上昇を直接・間接な方法で抑え込む。
そのために国内に国債の引き受け手をつくる。
これが金融抑制の議論だ。

と、この言葉を使っている。
不勉強なことに、筆者はFinancial Repressionという言葉を知らなかった。
Financial Repressionという文字とおりの意味と紹介された事象との間の関係がしっくり来ない。

1973年にRonald McKinnonとEdward Shawが提唱

この言葉は、文字通り「国家による金融上の抑圧」を意味し、この時のメッセージは、
 途上国の実質金利などの経済指標は、市場によって決められるべきだ
というものだったようだ。
 ・よく言えば、途上国の経済発展のための提言
 ・悪く言えば、途上国への先進国による開放要求の論拠
と言ったところだろうか。
その後この概念は、金利のみならず、外貨準備高や国家管理の債券市場の弊害などにも向けられていった。

Wikipediaのトーンは微妙に異なる。

Wikipedia(「一面の説明」との断りあるが)によれば、

Financial Repressionとは政府が外国債券を買い入れることで自国通貨を安く誘導すること。
この現象が発生する度合いは、その政治経済の自由性と直接の相関がある。
Financial Repressionでは、通貨の増加を打ち消すように金利が低く抑えられる。
還元すれば、その国の通貨を安く抑えることで、貿易を有利に誘導できるということ。

とされている。

これを読む限りは、輸出促進のために、金利を低く抑え、通貨安を誘導するということになる。
今、日本や米国が採る政策そのものだ。
もはや、途上国の話ではなくなっている。

現在は税制との関連で語られる

香港大学のC. Baiらによれば

Finacial Repressionは貯蓄に対する見えない課税である。
途上国でよくあるように、実効所得税率がフラットでない場合、所得税のみを徴収するよりも、マイルドなFinancial Repressionによって歳入増を図る方が効率的である

と論じられている。
なるほど、これが日経新聞の記事につながるわけだ。

通貨・債券の保有者に対する財産税

最近、日本の「外野」がこれを日本の文脈に使うことが流行っている。
 ・日銀による直接の国債引き受けによって歳入を増やす
 ・インフレを喚起し、国の債務を減価させる
と良いことづくめの話をする。

古くは産業革命前のイギリスもそうだし、中南米の財政破綻も当てはまる。
見える増税を回避しながら政府債務を減らす常套手法の一つであるわけだが、これには、そもそもMcKinnonやShawが指摘した副作用がともなう。
日経の記事では、

銀行や年金も自己資本規制や安定運用の下で、国債の引き受け手として組み込まれ、それ以外の収益機会を削られる。

と指摘する。
金融緩和をいくら行っても、資金がリスク資産に回らず、国債に吸収されてしまう。
「金利が上がらないのに起こるクラウディング・アウト」とでも言ったところか。
結果、経済は上向かず、インフレだけが残る。
本コラムでもしばしば取り上げているPIMCOのビル・グロス氏は米国における反対派の筆頭だ。

日本の文脈ではどうなのだろう。
日銀による直接の国債引き受けは果たしてうまく「マイルド」なインフレを誘導するだろうか。

筆者はこれまで足元の増税よりも財政出動を唱えてきた
その気持ちは震災によってさらに強くなった。
「見えない増税」には、一部の資産クラスのみに対する財産税という不公平を生むため反対だ。
なにより、「外野」の皆さんが、日銀に「直接」引き受けさせようという姿勢が気に食わない。
市場による歯止めを取り外そうという「隠蔽の意図」には賛成することはできない。