どっちが本当だったんだろう – ゼロ金利下での非不胎化介入

日本政府による4日の為替介入については「非不胎化介入」であるとの声があることをBloombergが伝えていた。
一方、日本経済新聞によれば、日銀の白井さゆり審議委員が「緩和的なスタンスを維持する中で、不胎化、非不胎化を意識するのは難しい」と述べたという。

非不胎化が意識される背景

ここだけ読んでもわかりにくい。
実はこれには歴史がある。
発端は、浜田宏一イェール大学教授が1999年に週刊東洋経済に寄せた論文「日銀の不胎化政策は間違っている」にあった。
この論文の中で浜田教授は、日銀が為替介入にあたって市中に出た円の流動性を吸収する不胎化に反対している。
さらに、非不胎化介入は一方的には円高が進まないという印象付けに役立つと指摘している。

これに対して日本銀行金融研究所の翁邦雄所長(当時)らは非不胎化介入論の「錯覚」と題する論文で反論している。
こちらの論文について注目すべきは、

浜田氏は、「為替介入は不胎化してしまうと、まるで右手のやったことを左手が打ち消しているように」有効性がほとんど失われると主張している。この議論は幾つかの意味で不適切だと思われる。
・・・
金融市場への巨額の資金流出入のうち為替介入だけを取り出すことにどれだけの意味があるのだろうか。

といったところだろう。

思えば遠くへ来たもんだ

今思えば、のどかな時代だったのだなと思う。
今となっては金融緩和は相当なレベルにまでなされている。
「非不胎化介入」については、その後も市井からの要望が多く、筆者も1年ほど前、実施の可能性を言及している。
今回のタイミングでは円高への対応もしなければいけないし、景気下支えのための追加的量的緩和も必要だというのがコンセンサスではなかったか。
米国の危機がコンセンサスを得やすくしてくれた。
介入して増加した円資金を吸収することに意味がなかったわけだ。
(日銀は2009年よりすでに介入時の資金吸収を行っていない。)

先日のコラム「円高ドル安対策」は長続きするか?では、介入の効果に疑問を呈した。
そこで筆者が言いたかったのは、
 ・ベースマネーが増えても、信用創造は進みにくい環境にある
 ・今の状態が円高であるとは限らない
ということ。
この点において、筆者の見方は2000年の日銀の見方から全く変化も進化もしていない。

と言いながら、筆者は1ドル70円台半ばをドル円レートのフロアと見ている。
それは喜ぶべきことではない。
苦境にある米国と同じぐらい日本も苦境にあることを表しているのだから。