金融秩序の維持と富の公平な分配

米国がシティバンクに巨額の追加支援を行う。
ビッグスリーへの支援が進まない中、大手金融機関へのスピーディな救済は金融産業の特殊性を改めて感じさせる事象だ。

雇用の面では、はるかに大きな影響のあるビッグスリーへの支援は遅遅として進まない。
少数精鋭の「虚業」である金融の救済は瞬く間だ。
言うまでもなく、金融秩序の維持は、経済運営の基本であるからだ。
金融秩序が乱れたままでは、実体経済の回復は望めない。
大きな利益を取るために、(相対的に)小さな費用を惜しまないという姿勢であり、これは全く正しい。
しかし、ミクロに見てみれば、やはり不公平感を拭えない。

日本のバブル崩壊を思い起こそう。
日本の公的資金注入は、経済性から言えば、かなりうまく行ったと言える。
公的資金として注入された優先株等の多くが、キャピタルゲインを生む結果となった。
まさに、結果オーライだったわけだ。
しかし、本当の経済計算はそれで終わってはいけない。

今も続く低金利政策をどう評価するか。
富の配分という面から言えば、この超低金利は、
 ・家計(貯蓄者)から企業(借入者)への富の移転
 ・家計から銀行(不良債権保有者)への富の移転
にほかならなかった。

金融秩序の維持のために、国民の税金を使うことは、現実を見れば、やむを得ないことだろう。
しかし、それには、さまざまな富の移転が伴っている。
バブルを作る段階で、多くの報酬を得たさまざまな人たちもそうだ。
なんとも、皮肉な仕組みである。
それだけに、金融界には高い道徳観念を期待したい。