浜田宏一 vs 野口悠紀雄:日銀の独立性と成長戦略

今日のNHK日曜討論は「どうなる日本経済 “アベノミクス”を問う」と題していた。
この中で、浜田内閣官房参与・イェール大学名誉教授と野口早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問が論戦を交わした。

日銀の独立性に関し、日銀法改正について浜田氏が

経済政策の目的は政府が決め、手段は日銀が考える。
これまでは、金融政策の目的まで日銀が決めていた。
すべてを任せてこの20年の停滞がある。
これを改める必要がある。

としたのに対し、野口氏は

財政支出がかさむ中、金利上昇が最大のリスク。
日銀の独立性は守るべき。
これを崩すと、政権のよっては放漫金融政策を取りかねない。
国債の日銀引き受けを許容するかどうか、次期日銀総裁候補に事前に問うべき。

とした。
現時点の体制・経済状況では、浜田氏が金融政策のハト派、野口氏がタカ派であるとの結果となった。
しかし、この見方はあくまで現時点での立ち位置だ。
要は、今の状況は変えるべきというのが浜田氏、歯止めは維持すべきというのが野口氏の論点。
金融政策の着地点の絶対値についての相違と安易にとらえるべきではないかも知れない。

安倍政権の経済政策、とりわけ成長戦略については野口氏が

古いやり方で成長させようとせず、新しいことで成長を求めるべき。
新しい酒は新しい革袋に、ということだ。

とした。
一方、浜田氏は

第1に円安。
エルピーダは円安ウォン安で立ち行かなくなった。
次に全体の天井を上げていくこと。
最後に、補助金や税優遇すればいいというように見えるが、これは間違い。

と指摘した。
たしかに為替は大きな要因だろう。
しかし、エルピーダのような資本集約的な産業での不振が為替レートだけというわけでもあるまい。
円安が最優先という見方はどうかと思う。

これはNHKの問い方や世間の風潮も悪いが、本当に「成長戦略」でいいのか。
日本社会の高齢化が進み、年金生活者の割合が増えるということをもっと前向きにとらえる見方もあるべきではないか。
フローに寄らずストックを取り崩していく人口の増大だ。
このような人口動態の変化を見れば、選択肢は何も「成長」ばかりではあるまい

もちろん、社会保障制度を維持するために成長を求めざるを得ないという事情は理解する。
そうであるなら、その意味するところは
 もっとお金を貯めたつもりだったが、そんなには貯まってなかった
ということに過ぎない。
それを挽回するために無茶な成長を求めれば、それこそ破たんを早めかねない。
どの程度が無茶ではない成長・維持にあたるのか、冷静に見極める必要があろう。

浜田氏については、18日にもロイターがドル90円付近、浜田内閣官房参与の発言で急伸と報じられた。

マネーの過剰供給がインフレをもたらすリスクは常にあるが、日本で著しいインフレを現時点で想定する根拠はない
95円または100円への円安進行は懸念する必要ない
1ドル=110円を超える円安は心配すべき

と述べたとするもので、この発言に反応して円安が進んだものだ。
浜田氏には輸入インフレという現象は目に入っていないようだ。
為替に直接的に言及するのが公職に就くものとして適切かと疑問を持ちつつ、筆者の心中では
 安倍政権のラスプーチン
とでも言うべき人物なのかといぶかっていた。

不勉強ながら、本日はじめて浜田氏が語っている姿を映像で見た。
この人はまともな人だ。
筆者の先入観は誤っていたと痛感した。
しかし、この好々爺、脇が甘すぎる。
相当いろんな人から利用されているな、と感じた。

この人の発言は鳩山元首相の発言と似ている。
純粋に思ったことをそのまま語っている。
相手の言もよく聞くし、それに合わせて議論を進める腕も抜群だ。
それだけに、容易に相手が求めるように発言してしまう。
その部分だけが切り取られて、クローズアップされて、社会に過度な影響を与えている。

筆者は石破ゾーンは妥当と感じていた。
浜田ゾーン(100-110円)はいかがなものか。
日本が購買力を失うことをそんなに喜んでいいものか。
そろそろ、浜田氏の発言をタネに政治・経済を操ろうというのはやめる時期に来ているのではないか。