新たに推計(2025年6月)を行うにあたり、可能なかぎり単純な推計法を採用している。
利回りやBEIの推計法に様々な手法が提案されている点は把握しているが、そもそも流動性の乏しい銘柄の利回りによっていること、これら計数に対する推計法の妥当性が不明なこと*1、その他大きなバイアスや誤差の要因が存在すること(後述)から、可能な限り複雑な推計を避け、単純かつ少ない計算回数での推計を意図している。
おそらく読者も、他人が行った、内容を検証しえない推計法により補正された数値より、より客観的に計算される結果の方を望まれるであろう。
もしも補正が必要と思えば、読者自身でなされる方がよかろう。

*1 本サイトがデータを公表していることからもわかるように、この分野では利回り計算でさえ一般的に行われているとは言い難い。したがって、物価連動債利回りやBEIについて確立された推計法は存在しないと考えるべきだろう。(例外は日本相互証券によるBB国債価格(引値)で、推計法をルール化した上で開示されている。)

補間・補外

イールドカーブ計算のための補間は前後1年までの最近傍に限定して行う(長期の補間は行わない)。
流動性の低いカテゴリーであり、イールドカーブはカーブと言えるほど滑らかでない。
補間することで、同時にスムージングの効果が及んでいるものと思われる。

補外は安定性が確保されないため原則行わない。
ただし、最長の年限が9.5年以上の場合、その年限の利回りをもって10年の利回りとみなす。
連続したデータポイントにおける最長の年限が4.5年以上5.0%未満の場合、その年限の利回りをもって5年の利回りとみなす。

計算される利回りの持つバイアス

物価連動債利回りは実質金利の実測値として用いられるが、この実質値にはいくつか無視できないバイアスが加わっている:

  • フロアの付加(第17回債以降): オプションが付加されていることになり、ない場合より買われることになる。つまり利回りを低く、BEIを大きく見せる。
    フロアの効果は、発行後にインフレが進んだ銘柄(連動係数が大きい)の場合に小さい。
    逆に連動係数が1付近または1以下の場合(たとえば発行直後など)の場合に大きい。
    かつてのディスインフレ期、サンフランシスコ連銀の推計ではこの影響が0.5-1%ポイントとされていた。
  • 低流動性: 固定金利の国債に比べ流通量・売買高が極めて低く、流動性プレミアムを考慮すべき。この効果は利回りを大きくし、BEIを小さく見せる。

誤差・エラーの発生源

本データの計算上で誤差・エラーが起こりうる発生源は次の通り:

  • IRR計算: 複数の安定解が存在する可能性。これが最も大きな誤差を生みうる。
    現状スプレッドシートの関数に委ねており、処理系による癖がある。
  • 丸め: 切り捨てまたは四捨五入での繰り上げ・繰り下げの方向(プラスとマイナスによって方向に注意が必要)によって、最後の桁で大きく効いてくることがある。
  • 残年数の計算: 1年を365.25日として計算(影響は軽微)。
  • 決済日: イールドカーブ計算時の約定日と決済日の乖離(5-10年に対し1-3日と軽微)。
    個別銘柄の段階では乖離なく計算している。
  • 言語・処理系: 言語・スプレッドシートの演算子・関数の仕様がアナウンスなく変更されることがある。
  • 入手データ: 形式変更等がアナウンスなく変更されることがある。

 


 
(前シリーズについての備考)

 
(2014/12/30備考)
2014年9月頃より、償還間近の銘柄を中心に、計算される流通利回りが債券利回りとして明らかに不適当と見られるデータ点が発生した。
原因は明らかではないが、
 ・1年後に消費増税が控えていたこと
 ・10月末に消費増税の延期が決まったこと
 ・そもそも物価連動国債の市場には厚みがないこと
 ・残存の短い債券ではそのような影響が強く出ること
などが影響しているものと見られる。
従前は明らかに不合理なデータ点のみを無視してイールド・カーブを計算してきたが、次第にこの影響が広範囲にわたるようになった。
そのため、計算方法を12月度より変更し、遡及修正している。
具体的には、異常値のデータ点を無視するのではなく、そのようなデータ点の影響を受ける年限の利回りを計算しないこととした。

(2013/10/31備考)
2013年10月より物価連動国債の発行が再開した。
結果、5年以下の利回りの他、10年もの利回りが計算できることとなった。
これにともない、欠けている6年から9年ものについて、補間により推計することとした。

(2013/2/28備考)
2013年1月度まで全期間(4年半)のデータを用い単回帰分析してイールド・カーブを計算していたが、2月度より方法を変更した。
各期間の近傍のデータのみを抽出し、単回帰分析することとした。

(2012/2/13備考)
日本の物価連動国債は2004年から約4年半ほどの間に16回発行されたが、その後途絶えている。
市場の厚みは他の国債ほどなく、16銘柄でイールド・カーブを描いても、驚くほどにいびつなものとなる。
そのため、期間別の推計もあえて単回帰分析にとどめたが、それでも「蛮勇を奮った」という感が強い。
推計値の有効数字にしても、%にして小数1桁もないといった印象を受けた。

(2019/8備考)
サンフランシスコ連銀が2016年の日本のマイナス金利政策導入について研究した論文で、日本の物価連動国債利回りを検証している。
そこでは同利回りをそのまま実質金利の近似値とするのではなく、インフレ・リスクプレミアムと物価連動国債の価格フロアの効果まで推計している。
特にリスクプレミアムなどは中央銀行が好む議論であるが、源データの精度に比べて精緻すぎるかもしれないこうした手法には疑問の声も多い。