【輪郭】ウィワーク騒動とレポ金利急騰

今月世の中を騒がせたウィワーク(The We Company)IPO延期と米レポ金利高騰は何かを暗示しているのだろうか。
定量的な話にはなりえないが、とにかくいやな感じのする出来事だった。

ウィワークは設立2010年の米シェア・オフィス大手。
2019年上期の売上高は15億ドル(約1,600億円)、EBITDDA 11憶ドル(約1,200億円)のマイナス、営業損失13億ドル(約1,400億円)だ。
念のために繰り返すが、1,400億円は損失額である。
社歴10年、米国では「大手」との認知を受け、すでに1,600憶円という大きな売上を上げている会社が、売上高に迫る大きさの営業損失を計上している。

もちろん不動産賃貸という営みの足は長く、回収期間も長くなりがちだ。
(もっとも、ウィワークは不動産賃貸とも言えないのかもしれない。
仮に用益提供ならば、回収期間はもっと短くなければならない。)
しかし、9年という社歴は、事業モデルの黒字化を証明するに十分な期間のようにも思う。

1,600憶円売り上げて1,400憶円損をだす構造に何の疑問さえ持たない(あるいはそう装う)人も多かったようだ。
日本の専門メディアでも、ウィワークを賛美するような発信がいくつかなされていた。
ある記事には赤字の言い訳まで書かれていた。
慎重な日本人にアピールするためには、嘘にならない範囲で景気のいい話をしたかったのだろうか。

今回は投資家も騙されなかったようだ。
需要調査の結果、株主の望むようなIPOが不可能となると、株主の働きかけでIPOは延期され、創業者でCEOのアダム・ニューマン氏は辞任することになった。
(一時は470億ドルと言われていたウィワークの企業価値は近時で1/5程度とも言われている。)
もともと同氏の浪費・奇行は問題視されてきた。
同氏の辞任は企業統治改革の第一歩であり、ウィワークはすでにリストラ等にも着手していると報じられている。

これまで赤字企業にも寛容とされてきた市場はなぜここでウィワークに厳しい判断を下したのか。
ウィワークの1つの特徴はアセット・ライトとは言えない点だ。
多くのIT系の新興企業がクラウド・サーバ、人、オフィスで仕事を始めるのに比べ、ウィワークの場合はいくらかの設備(賃貸するビルの造作など)が必要だ。
実際、同社のB/Sでは建物・設備が67億ドル(約7,100億円)となっている。
これは、売上高と比べてもかなりの大きさだ。
EBITDAが大きなマイナスであることを見ても、常にキャッシュを必要とする構造であることがわかる。
実際、頓挫したIPOでは新株で30億ドルの調達を計画し、その実行を条件として60億ドルの借入を行う予定だった。
それにブレーキがかかった。
これは、借金や増資の機会に、資本市場がその社会的役割を果たしたとも言える。

今回のIPO頓挫は、よく言えば、渋ちんの銀行や投資家が保守的なガバナンスを働かせたと言える。
(ボストン連銀のエリック・ローゼングレン総裁は、シェア・オフィスの事業モデルが経済停滞を深刻化させる可能性を指摘している。
決してバラ色の未来が約束された事業分野ではない。)
悪く言えば、金融市場サイドの変節が、革新的な事業モデルにブレーキをかけた可能性だ。

先週起こった米レポ市場での金利急騰は、現在の不透明な市場環境を象徴するような出来事だった。
参加者・担保でキメのそろったレポ市場で資金がひっ迫するのなら、売上の8割にあたる営業損失を出している企業にお金を出せないと考える人が増えてもおかしくない。
ここで、疑問が2つある。

  • レポ市場等の平安が戻り、再び資金の出し手の姿勢が緩むのか。
    金融政策の調整によって、米金融市場は再び陽気に踊り出すのか。
  • それは長い目で見ていいことなのか。

後者は中央銀行にお任せするとして、前者が実現する可能性は高いのだろう。
ただし、一度こうしたことが起こった以上、投資家の姿勢は当面は慎重になるはずだ。

最後に、こうした赤字企業の社会的意義について考えよう。
シェア・オフィスというと、何かテレビのちゃらちゃらしたリアリティ・ショーのような印象もあるが、ここでは中身は有益と考えよう。
問題は彼らのプライシングだ。
ウィワークは今のところ、10売ったら8損し、7キャッシュアウトする構造になっている。
1つには先行投資的な費用・投資が発生する事業で倍々ゲームを続けているからだ。
だから、同社は成長をやめれば損益が改善する可能性が高い。
問題はその時きちんと資本コスト分を稼げるか、借金を返せるかだ。

そこで1つの疑問が生じる。
この悲惨な損益は、ウィワークのプライシングが安すぎるために起こったことではないか。
仮にもっと高い価格にして、成長は鈍くても損益を改善する道があったのではないか。

実はウィワークの事業モデルは経済にデフレ的な影響、インフレ的な影響を及ぼしている可能性がある。
デフレ的な影響とは、本来ならもっと高い賃料でよかった、あるいは、もっと高くて立派なオフィスでよかった賃借人により安価な選択肢を与えたこと。
これは事業によって社会に貢献しているのであり、デフレ的ではあるがイノベーションにつきもののデフレである。
逆にインフレ的な影響とは、拡大を急ぐウィワークの物件開発によって、都市部のオフィス需給がタイトになっていた可能性だ。

ウィワークが事業の見直しを始めた今、いずれの影響も、逆回転しうると考えるべきかもしれない。