【書評】「デフレ論」の誤謬

元日本銀行審議役、リコー執行役員の神津多可思氏によるデフレ論。
1980年代終わりのバブル期以降の日本の金融環境をキャッチ・アップしたい人にとっては、とてもよくまとまった教科書となるだろう。

タイトルからわかるようにリフレ派に対して否定的なスタンスが底流にある。
日本のデフレのようにマイルドなデフレは停滞の原因であるとは限らない。
だから、デフレ退治をすれば問題が解決するわけではないと示唆している。

しかし、本書の目標はリフレを否定することではない。
副題「なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか」から伺われるように、主眼はなぜ日本経済が停滞を続けてしまったのか、今後の金融政策はどういったスペースを有するのかにある。
そうした前向きなテーマに対して丁寧に広角な解説がなされている。

(アマゾン)『「デフレ論」の誤謬』

本書の視点の広角さを感じさせる箇所を1つ紹介しよう。
将来金利が上昇を始めた時に「日本銀行の期間収益は赤字になるのか」を論じた節である。
金利が上昇すれば、日銀が市中銀行から預かっている超過準備への付利を引き上げざるをえない。
このため、日銀の期間収益が赤字化しうると述べられている。
赤字化かどうかは別として、期間収益が大幅に減る、結果、国庫納付金が大幅に減る(その分国の歳入が減る)ことは大いにありうることだ。
(だからこそ、日銀は金利・為替の変動に備えた引当金を積んでいる。)
著者はこの現象を面白い角度から眺めている。

「現在の非伝統的金融政策は、ある意味、日本銀行が将来納めるべき国庫納付金を前借りして今の日本経済を支えようとしている政策とも言えます。」

こう述べた上で、将来の税収を前借りする財政政策と似ているとして、その意義を認めているのである。
もちろん、慢性的な赤字化は問題視しており、両面の見方を提示した形だ。

この視点が面白いのは、日頃タダと考えられがちな金融政策に対して対価の概念を導入し、それを他の政策と並べて論じたところだ。
金融政策はタダではない。
コストがかかっており、そのコストは先の世代が払うことになる。
その厳しい現実を踏まえた上で、やるべきか否かを決断すべきなのだ。
とりわけ量的緩和については政策金利と異なり正常化に長い時間がかかる可能性が高い。
私たちは大きな前借りをしているのかもしれない。
財政政策と同様、金融政策において私たちがどれほどの前借りをしているのか、信頼性のある試算が望まれるところだ。