【Wonkish】JPXプライム150指数の迷宮(補稿:gの導入)

前回記事について早速お叱りを受けた。
とてもありがたいことだ。
しばしばゴードン・モデルを使うくせに、何で今回は成長率gを無視したのだ、というもの。
gを導入すると、それはそれで面白いので、机上の空論の匂いがするが紹介しよう。

成長率gを考慮したゴードン・モデルとは

 株式時価総額 = 配当総額 ÷ (株主資本コスト – g)

というもの。
前回記事では分子が当期利益だったのに、今回は配当総額になっている。
なぜかと言えば、前回記事では暗に配当性向を100%と仮定してあったためだ。
この場合、配当総額は当期利益に等しくなる。

今回は成長を加味している。
ゴードン・モデルでは、内部留保が成長のために必要と考えるため、配当性向が100%未満と仮定されることになる。
オールド・エコノミーでは至極自然な仮定だったのだと思う。

さて、一行一行丁寧に変形すると、ゴードン・モデルは

 株式時価総額 = 当期利益 × 配当性向 ÷ (株主資本コスト – g)

 株主資本コスト – g = 当期利益 × 配当性向 ÷ 株式時価総額

 株主資本コスト = 当期利益 ÷(株主資本 × PBR)× 配当性向 + g
  = ROE × 配当性向 ÷ PBR + g

 エクイティ・スプレッド = ROE – 株主資本コスト
  = ROE -(ROE × 配当性向 ÷ PBR + g)
  = ROE ×(1 – 配当性向 ÷ PBR)- g

前回記事と比べるとわかるが、前回の答は配当性向100%、gが0の場合に該当する。
こんな雑なモデルでも、なかなかよくできている。

この結果を味わってみよう。

内部留保と成長のトレードオフ

まず、途中の株主資本コストの式に前回出てきた益回りを招待しよう。

 株主資本コスト = 当期利益 × 配当性向 ÷ 株式時価総額 + g
  = 益回り × 配当性向 + g

前回記事では益回りが株主資本コストの推定値になりうるか触れたが、ここでは明確に異なる結果になっている。

先ほど説明したとおり、このモデルでは配当性向が上がれば、つまり内部留保が少なければ、gが大きくならないという考え方を採っている。
だから、配当性向が上がることは株主資本コストの増大要因だが、gが減ることで株主資本コストの減少要因になる。
逆もまた然り。
つまり、配当性向あるいは内部留保と成長とはトレードオフの関係にある。
だからこそ企業の資本政策は重要なのであり、だからこそJPXは上場企業を啓蒙しようとしているのだ。

最適解がどこにあるかは難しい問題だろう。
しかし、筆者が思うに、もしも企業に(資本コストに見合う)gのチャンスがあるなら、それを優先していいのではないか。
少なくとも現状の金融環境が続く限り、ファイナンスはついてくるだろう。
逆に十分にgのチャンスを見いだせないなら、内部留保を減らすべきだろう。

資本コストと期待リターンはヤヌスの顔

前段の資本コストの議論で強い違和感を覚えた人もいるはずだ。
老婆心ながら、その疑問を解説しておきたい。
株主資本コストとは何なのか。

最も直接的な答は、企業が株式で調達するコストとなるが、具体的には何のことなのか。
企業が株主に払うのは(自社株買いを除けば)配当だ。
では、株主資本コストとはDOE(株式資本配当率、配当総額 ÷ 株主資本)なのか。
そうではないだろう。
内部留保する分だって、多くは株主の財産になるのだから。
では、ROEなのか。
それじゃ、エクイティ・スプレッドはいつもゼロになってしまう。

株主資本コストとは、株主が株式を保有することで負うリスクに見合ったリターン率のことだ。
(教科書的にはCAPMで計算されるが、かなり大雑把な推計法である。)
株主が当然に望むリターン率だから、企業の側ではそれに応えようとする責任を負う。
株主からみれば株式の期待リターン。
企業からみれば株主資本コスト。
均衡状態ではこの2つのものは同一になる。

前段の株主資本コストの議論に、株主の期待リターンを代入してみると

配当性向が上がる(内部留保が下がる)ことは株主の期待リターンの増大要因だが、gが減ることで株主の期待リターンの減少要因になる。
逆もまた然り。

これなら直観的にわかりやすいのではないか。
手前のキャッシュフローと遠い将来のキャッシュフローの間のトレードオフを語っているのだ。

エクイティ・スプレッドの式が教えること

最後にエクイティ・スプレッドの式を見ておこう。

 エクイティ・スプレッド = ROE ×(1 – 配当性向 ÷ PBR)- g

各変数がエクイティ・スプレッドに与える影響は

  • ROE上昇は拡大要因
  • 配当性向上昇(内部留保縮小)は縮小要因
  • PBR増大は拡大要因
  • g増大は縮小要因

前回記事で書いたとおり、PBRは手段ではなく結果だろうから気にすべきではないだろう。
ROE上昇が望ましいのは言うまでもない。
問題はやはり配当性向とgのトレードオフだ。
(配当性向とgが独立変数でないため、それを看過するとメッセージが逆になってしまう。)
すでにきちんとやっている企業ほどすでに最適解に近づいているのだが、実際にどこかを見極めるのは至難の業だ。


山田泰史山田 泰史
横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

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