【書評】バブルリゾートの現在地 区分所有という迷宮(吉川祐介 著)

ある意味で、悪徳・無責任な業者の話はどうでもよい。
自分が騙されないように気を付ければよいからだ。

しかし、吉川氏が指摘してきた問題の少なからぬ部分は、悪意が存在せずとも起こりうることだと思う。
そして、話は居住用マンションや住宅地にも敷衍できてしまう。
住宅を所有する時、それが戸建てであれ集合住宅であれ、特に都市部では他の住人と共同すべき営みが必ず存在する。
例えば、戸建てなら自治会等の活動、マンションなら管理組合の活動だ。

住宅を所有すれば、他の住人と共同すべきことがでてくるが、多くの場合、私たちは隣人を選べない。
そして、私たちは不動産を購入する時、数十年後に自分、隣人、社会がどうなっているか、あまり真剣には考えない。
町内や建物を共同で管理し続けなければいけないが、投機目的のオーナー、すでに使っていないオーナー、さらに相続が発生した場合など、現実に共同が難しい場合もあるだろう。
中には連絡さえつかず、自治会費や管理費が支払われなくなるケースもあるだろう。
(集合住宅ならば法的には競売にかけるということなのだろうが、これには手間と時間とお金がかかる。)
自治会や管理組合が金銭面・実働面で機能しなくなった時、住宅地や集合住宅のゴースト化をどう防げばいいだろう。

投資家目線で言うなら、資産とは将来キャッシュインを生んでくれるモノ、負債とは将来キャッシュアウトを生むモノと理解される。
使い道のない不動産、あるいは運営がストップしたがゆえに利用できない不動産は、かつては不動産という資産だったのかもしれないが、今や負動産という負債になったのだ。
特にマンションの場合は償却期間が長く、土地と合わせて固定資産税の負担が小さくないことも多い。
読者が親から居住用またはリゾート用のマンションを相続したら、ほとんど使わない場合でも、毎年キャッシュアウトが続くのである。

吉川氏のビデオを見たり著書を読んだりすると、モノを所有することの二面性を考えさせられることが多い。
所有という権利には何らかの義務やコストがともなうことも多いということだ。
そして、権利が続く場合、義務やコストも続くことが多い。
義務やコストから逃れたければ、所有権という権利を誰かに引き取ってもらうしかない。
(その意味で上場証券投資は気楽だ。
所有にあたっての義務やコストは購入代金の支払いしかない。)

隣人とともに義務を果たしコストを支払い続けるのに最良の状況とは、その不動産に住む、または、使う(賃貸を含む)ことだろう。
それこそがみんな揃って当事者意識を持ち続ける近道なのではないか。
逆に言えば、家を買う時は、そういう物件を買うか、あるいは共同作業の必要のないような地域(つまり、ポツンと一軒家など)を選ぶかということなのだろう。