【書評】日銀はいつからスーパーマンになったのか(2)高すぎる資本コスト

北野氏が一貫して主張するのは、グローバル化で日本の資本コストが不必要に高くなってしまったということだ。



北野氏は、株主資本コストが高すぎるようになって

 従業員ほかのステークホルダーへの分配が不当に抑え込まれる
 投資が行われなくなる

と主張してきた。
資本コストが「デフレの真犯人」というわけだ。
今回の著書では、それに対する解決策が提起されている。

政府が強権的に市場に関与したいのなら、一つ提案がある。
「株主資本コスト決定委員会」を作ったらどうか。

負債資本のコストは主に日銀が決める。
同じように株主資本コストについても公的機関に決定させろという「下策」が皮肉交じりに提案される。
これに限らず、本書にはステークホルダー間の分配が焦点として繰り返される。

エネルギー価格の上昇による交易条件の悪化については、

輸入物価の上昇をコスト削減で相殺し、輸出物価を抑えようとしているのは、日本独特の対応である。

つまり、売価を上げて、仕入先や従業員への分配を守れという主張だ。
それをしないから、結果的にステークホルダーが疲弊し、景気が悪くなると主張する。
確かに、安易に価格競争に持ち込んで、市場を破壊してしまうのは、日本企業の悪い癖である。

ガバナンスについても、面白い話をしている。
日本的な社長・経理部長と米国流のCEO・CFOの組み合わせを比較する。
今の日本はCEOと経理部長というアンバランスな状態にあるという。
改革(CEOとCFO)なら

CEOは投資を控えて、M&Aやリストラを行い、CFOは余ったお金があれば、それで株式を買い戻す。

保守(社長と経理部長)なら

要求されるROEが高かろうが、社長は、日本的文脈で投資する。
経理部長は金策に銀行に通うということになる。
デフレに悩む今の日本に求められるのは、むしろ社長と経理部長ではないか。

この比較はとても印象的だし、的を射ていると思う。
しかし、現実主義の筆者には後者に一票を投じることができない。
確かに後者が大勢になれば、デフレの大きな要因である合成の誤謬は解消するかもしれない。
しかし、その可能性に賭けることは、異次元緩和が「期待」に賭けるのと似ているように思う。

株主資本主義を象徴する経営指標であるROEについては

ROEが重視されても、肝心の株価は上がらなかったし、日本経済はデフレから脱却できなかった。
改革派からすれば、それは「改革が不十分で、経営者も十分にROEを重視していないからだ」となるが、そうこうしているうちに、お手本の米国がおかしくなってきた。
リーマンショックが起こり、アメリカン・ビジネス・モデルへの批判が強まると、改革派の中から転向者が出るようになってきた。

と過度のROE重視を批判している。
これは、反論しようのないところだろう。
しかし、筆者はそれでも当期純利益と株主資本にこだわるべきだと考えている。
それは、なぜか。
それは、この2つが、財務諸表の最後に来るからだ。

当期利益(あるいは包括利益)はP/Lの最後、株主資本はB/Sの最後に来る。
当期利益は、仕入れ、人件費、諸コスト、金融コスト、税金を差し引いた最後に来る。
この費用項目は、おのおのステークホルダーに対応するものだ。
売上高から費用項目を差し引いて何も残らなければ、当期利益はない。
株主資本は総資産から総負債を差し引いたものだ。
総資産から総負債を差し引いて何も残らなければ、株主資本も無価値になる。
つまり、ROEの分子と分母はいずれも最も劣後する項目なのだ。
だからこそ、重視されるべきと考える。

企業経営において「ステークホルダー間のバランスをとりながら統治する」などという美句を並べる経営者は少なくない。
しかし、そういう人たちから、何が最適のバランスなのかを根拠つきで聞けることはまずない。
そんな難しい問いに答えられる経営者など、世界中見回してもそうはいないだろう。
むしろ、「ステークホルダー間のバランス」とは、経営者側の言い訳に使われているというのが筆者の印象だ。
この美句を盾に、エージェンシー問題を煙に巻こうという話にすぎないと考えている。

ステークホルダー間のバランスは重要だ。
しかし、それ以上にエージェンシー問題の方が重大だ。
だから、ステークホルダー間での濃淡をつけているのだと思う。
そこで、静的にも動的にも劣後するROEという指標が重要になる。

いろいろな意見がある中で、株式会社という法律上の存在が規定されているのは、そういう背景があるのだと考えている。
少なくとも、新会社法はそういう考えが色濃い法体系と理解している。
仮に、他のステークホルダーへの分配を増やしたいと考えるなら、その時は優先・劣後の順番もそれに応じて変えるべきだ。
それが、本当にそのステークホルダーにとって幸福かどうか、その時理解できるはずだ。

ステークホルダー間のバランスは重大だ。
ブラック企業は是正すべきだし、下請けいじめも懲らしめるべきだ。
しかし、それは法律や市場のメカニズムに負うしかない。
それが不十分とわかっていても、である。
筆者は、現在の日本の経営者の大多数について、全体のパイとバランスの切り分けのすべてを任せ切りにするほど信頼していない。

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