【書評】シフト&ショック 次なる金融危機をいかに防ぐか

FTの経済論説主幹Martin Wolf氏による金融危機回避のための分析・提言。
適度に理屈っぽいところが、本コラムの読者にはちょうどよいのではないか。

危機を防げないエリートたち

本書で紹介されているエリザベス女王の言葉がなんとも印象的だ。
2008年11月、エリザベス女王は世界の経済学の権威たちと顔を合わせる機会があった。
女王は彼らにこう尋ねたのだという。

どうしてだれも、それに気づかなかったのですか

すばらしくバランス感覚にあふれた言葉ではないか。
ウルフ氏も、リーマン危機を招いた西側のエリートの無策を批判している。

経済、金融、学術界、政治のエリートたちが、性急な金融自由化の帰結を読み誤ったことだ。
金融市場は自律的に安定化するという夢物語にだまされて・・・

マクロ経済モデルと資本市場の断絶

本書には、リーマン危機後繰り広げられた様々な議論の論点が詰まっている。
ここでは、2点だけ紹介したい。
一つ目は、最近本コラムでも取り上げた中央銀行の用いる経済モデルである。

中央銀行が使った非常に便利なマクロ経済の分析ツールが、「動学的確率的一般均衡(DSGE)モデル」である。
このモデルには金融はほとんど登場しない。
基本となるモデルは、財とサービスの需給の均衡を扱うものだ。

つまり、中央銀行は金融市場を直視せず、実体経済だけを見ていたという批判である。
結果、金融経済は自由気ままに膨張を続け、実体経済を凌駕し、中央銀行でもコントロールしきれない存在になってしまった。
これは、まさにレイ・ダリオやビル・グロスが指摘していたポイントである。
マクロ経済モデルに債務のスーパーサイクルなど金融要因を反映させるべきという考えだ。

本書から参考になる部分をもう一か所引用しておく。

現代ファイナンス理論は、市場での価格形成だけを研究し、資産価格の大きなシフトが経済全体に与える影響は無視した。
マクロ経済モデルは合理的期待仮説を大前提とし、ファイナンス理論は効率的市場仮説を大前提としていた。

(次ページ: 世界的不均衡の功罪)