【Wonkish】均衡金利の前にあった見えない壁

ブルネルマイヤー教授によれば、リバーサル・レートは多くの要因の影響を受けるという。
これを明らかにするため、教授は3つの経路を呈示している。

  • 「ステルス資本増強」: 利下げの初期、中央銀行の利下げは銀行の資本増強に役立つという。
    利下げされれば、銀行保有の中長期資産に含み益が生まれるからだ。
    これは、銀行にリスク・テイクしやすい状況を作るだろう。
  • 総資金利ザヤ圧縮: 新規の預貸金については利下げとともに利ザヤが圧縮される傾向がある。
    ランニングの収益が減少すれば、銀行のリスク・テイクにはマイナス要因となろう。
  • 貸出債権の時価上昇: 利下げによる含み益発生は貸出債権にも及ぶ。
    その含み益が総資金利ザヤの悪化分を上回れば、銀行の純資産に好影響が及び、銀行のリスク・テイクにプラスに働く。

教授は、これら経路で利下げが銀行の貸出行動に影響を及ぼすとするが、他にも多くの環境変数が存在する。
金融規制などマクロ・プルーデンス政策、経済環境、金融部門のバランスシート、銀行の資本充実度、銀行の金利リスク、金融セクターの市場構造、・・・
ブルネルマイヤー教授はいくつか示唆に富んだケースを挙げる。

「(銀行保有の)固定金利資産の期限より後に利下げがあっても銀行の資本強化にはつながらないが、総資金利ザヤは圧縮されてしまう。
これは、フォワード・ガイダンス政策が短期となることを示唆し、リバーサル・レートは『じりじり上がる』ことになる。」

つまり、金融緩和を長く続け過ぎると、たとえ政策金利が均衡金利より低位にあっても、副作用の方が大きくなってしまうのである。
この点は、仮に均衡金利が一定でも、リバーサル・レートは時間とともに変化しうることを示している。
また、量的緩和との関係ではこう書いている。

「量的緩和はリバーサル・レートを押し上げる。
量的緩和は利下げが限界に達してから行うべきだ。」

なんと皮肉なことだろう。
日本の場合、量的緩和をかなり進めてからマイナス金利政策をやってしまった。
日本のリバーサル・レートがプラス圏にあるなら、マイナス金利政策は無意味だったことになってしまう。
(日本のリバーサル・レートがプラス圏にある証拠はないが、多くの人がそう疑っているのではないか。)
ブルネルマイヤー教授は、非伝統的金融政策まで含めた最適な順序を書いている。

  1. (有利なリファイナンス・オペなどを用い)銀行に固定金利の長期債保有を促す。
  2. 銀行セクターの「ステルス資本増強」のため、利下げしキャピタル・ゲインを生じさせる。
  3. 量的緩和で銀行から資産を買い入れ、銀行にキャピタル・ゲインを実現させる。

言いたいことはわかるものの、必死に銀行に利益を落とそうとしているように見え、正直いかさない。
どうにも本質論ではないように響く。
ちなみに、ブルネルマイヤー教授は量的緩和の欠点を明示している。

量的緩和後の現在、銀行はほとんど短期の準備預金しか保有していないため、さらなる利下げは効果が薄い(だけでなく、おそらく逆効果だ)。
量的緩和は将来の利下げの効果を奪い、『リバーサル・レート』を上昇させてしまう。


山田泰史山田 泰史
横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

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