【書評】ひとたまりもない日本 根拠なき「楽観論」への全反論

この数年日本のハイパーインフレを予想し続けてきた藤巻健史参議院議員が、選挙に出馬する半年前に上市した本。
勝負師らしい、歯切れのいいショッキングな物言いが面白い。

米国の共和党員的な考え、つまり「小さな政府」を望む精神が全編に貫徹されている。
この前提には賛否があろうが、少なくとも一つの考えとして尊重できる読者なら、この本の主張するところを相当に受け入れることができるのではないか。

この本には、市場参加者特有の性質がある。
それは、実証より推測が多く語られていること。
これを欠点ととらえる必要はない。
実証できなくとも、推測や仮説を述べることには価値がある。

そもそもトレーダーが実証できなければポジションを取れないのでは商売にならない。
それは投資家も同じこと。
投資は学問ではない。

 
とは言え、この本を読むには注意が要る。
思慮深くない人が表面だけを読んでわかったつもりになるリスクを排除しないといけないことだ。
たとえば、藤巻氏は

為替は価格そのものです。
したがって、価格が下がる(=デフレ)のはどうしてですか?と聞かれたらシンプルに「為替のせい」なのです。

と書いている。
これは正しい書き方ではないだろう。
円高がデフレの一因であったことは間違いないが、それだけではなかろう。
ところが、藤巻氏はちゃっかり3段落ほど後に

円高で輸入品の値段が下がれば、それと競争するために国内企業は賃金を減らし、販売価格を下げざるを得ないのです。
また、輸出もふるいませんから景気はさらに低迷し、デフレを加速させます。

と書いている。
ここまで書けば、全く正しいことがわかる。
勝負師らしく
 シンプルに「為替のせい」
と言い切っておきながら、その背景には正しい理屈がある。
読者はこの温度差をきちんと理解して読むべきだ。

藤巻氏の財政破綻、ハイパーインフレ、ガラガラポンの予想はお家芸のようなもので、ここでは触れまい。
一つコメントしたいのは、円安万能論についてである。
円安に戻せば、国内に工場や雇用が戻ってくるとの楽観論。
藤巻氏は

私の主張は「景気が悪い時は円安を、景気がいい時は円高を!」なのです。

というところ。
藤巻氏らしくなく、潔さを感じない主張だ。
ここで言う景気がどの程度の周期の景気変動をイメージしているのかはわからない。
しかし、日本の製造業は、景気の波にあわせて生産拠点や雇用を行ったり来たりできるほど簡単な仕事をやっているわけではない。
実際、アベノミクスで円安は進んだが、日本は貿易赤字どころか、10月には経常赤字に落ち込んでしまった。
つまり、この主張で解決されるのは国内生産拠点の稼働率ぐらいの話であって、とても十分な効果とは言えまい。
あわせて、世界経済が同期する傾向にある中、「景気が悪い時には円安を」というのが国際社会で許される話だろうか。

一方、この本には興味深い提言がある。
現実性がないと断りつつ、金融緩和の深化の方法論としてマイナス金利が提言されているのだ。
日銀の追加緩和が市場に織り込まれつつある中、マイナス金利は全くありえない話でもなくなってきている。
ベース・マネーをさらに積み上げても効果が薄いという話になれば、こういう手段もあるかもしれない。

とは言え、藤巻氏は時すでに遅しと言う。
マイナス金利を導入すれば、ドラスティックに外貨が買われ、急激な円安が起こり、国債が消化できずに財政破綻すると主張する。
本当に破綻まで至るかどうかは分からないが、
 マイナス金利 → 円安・長期金利上昇(イールド・カーブのスティープ化)
というパスは念頭に置いておいてよさそうだ。

かつてジョージ・ソロスのアドバイザーも務めた藤巻氏は、どのような投資戦略を推奨するのか:
 (1) 長期金利の暴落(筆者注:暴騰と思われる)に備える
 (2) 国債未達に伴う円の急落に備える
 (3) 株の急落に備える
を推奨している。
この本は年初に発行されたから、このどおりのポジションをとっていたとすれば、
(1)は引き分け、(2)は2割超の勝ち、(3)は6割の負けということになる。
もちろん、短期勝負というわけでもなかろうが、投資とは言論よりはるかに難しい。