GPIFの運用委員会に見る債券投資の今後

先月まで4年間、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)運用委員長を務めた東京大学の植田和男教授がBloombergのインタビューに応えた。
植田教授の話の中に、投資へのヒントを探してみよう。

Bloomberg記事に入る前に、GPIFにまつわる最近の動きをおさらいしておく。

  • まず第一に、債券中心の運用が金利上昇リスクに晒されていること。
    円金利が人類史上最低水準にある中、これが上昇に転じれば、債券価格は急落しかねない。
  • 次に、GPIFや年金基金が金利上昇リスクに備えて債券を売った場合、金利急騰の引き金となりかねず、それが日本の財政にマイナス要因となること。
  • GPIFが債券を売って外債や株式を購入した場合、円安や株高要因となるため、これを望ましいと考える人が多いこと。
    特に、政府にとっては、他人の財布で政権に有利な政策を行えることになる。
  • 最後に、GPIFや年金が外債投資を大きく進めるような場合、円安が好ましくないレベルまで進む引き金となりうること。
    これは日本売りを誘発し、円金利の急騰を招きかねない。

こうした背景を念頭において、植田教授の気になる発言を読んでみよう:

植田教授は、短期のポートフォリオを定めて国債を「相当大量に」売却した後、現金で保有するか、国内株や外貨建て資産に振り向けるかは「人によって意見が分かれ、難しい」と語る。
最も安全なのは現金のまま金利が上がるのを待ち「利回りが向上した国内債を買い直すことだが、政府は国内株に投じてほしいだろう」と言う。

公的年金の投資戦略について、こうした生々しい声が聞こえてくるのが興味深い。
政府が年金を私物化してきたのは、いまさら言うまい。
そういう政治家や厚労官僚は別として、外部有識者からなる運用委員会では、年金のパフォーマンス向上という本来の目的が強く意識されていることがわかる。
植田教授の言う、金利上昇をしのぐための投資戦略とは、債券をいったん売って金利上昇が済んでから買い戻そうというもの。
問題は、売ってから買い戻す間、

  • 運用リターンをあきらめ、現金で持つ安全策
  • 株や外貨などの価格変動リスクをとっても運用リターンの向上を目指す積極策

のいずれをとるかということ。
背景にはもう一段深い話がある。

現金で持つということはどういうことか。
これは単に運用リターンを失うということではない。
円の実質金利がマイナスにある現在、現金のみならず、預金や債券を保有することは購買力を失うことになる。
平たく言えば、金利が稼げないだけでなく、物価上昇分も負けてしまうということだ。

積極策を唱える人たちは、この部分をなんとか取り返せないかと考えている。
株式は債券に比べればインフレに強いと言われているし、外貨投資は物価上昇・円安によってリターンが改善する。
こういうシナリオが、公的な機関で交わされているのである。

植田教授は

基本ポートフォリオだけでは「無理がある局面」になるため、短期のポートフォリオを「戦略的に分けた方が上手く行く」

と語った。
数十年にわたる投資戦略があって、それが円債を軸とするのは構わないが、金融環境が急変しうる足元では、別途の短期的運用が必要と語っているわけだ。
株式投資家で言えば、一本調子の上げ相場ならロング・オンリー(買うだけ)でいいが、ボックス相場では機敏にスウィング・トレード(低いところで買い、高いところで売る)を織り交ぜた方がいいといったところだろう。

多くの人が最後の疑問として抱くのは、将来の金利上昇期に日本株が下落するのかということだろう。
現在、日本株のバリュエーションに割高感は全くない。
確かに日本企業の足元の収益は異次元緩和の恩恵で下駄を履いているかもしれない。
また金融危機でも起これば企業業績は落ち込むだろうが、それでも強い割高感を感じるまでにはずいぶんとマージンがあるように思う。

また、株価の行方は金利上昇の種類にもよる。
単に日本の信用力が下がったり、市場のショック状態などで金利が上昇するなら、株も下げるかもしれない。
しかし、金利上昇が経済成長を反映したものなら、株が下げるとは限らない。
さらに、インフレが高進するような場合、株が債券からの逃避資金の受け皿となる可能性も否定はできまい。

弱気でならすピーター・シフが米国株について面白い意見を言っていた:

次の危機では、2008年のようなクラッシュはないのではないか。
はるかに壊滅的だが、見えにくい形のクラッシュとなるのではないか。
ドル建てで言えば、クラッシュは起こらないかもしれない。
株式も上がるかもしれない。
かわりに米ドルがクラッシュするのかもしれない。

日本についても言える話ではないか。
いや、むしろ日本の方が米国よりありうる話のようにも思える。

日本人が日本に住む以上、日本円を保有せずにはいられない。
もちろん何もなければ一番いい。
しかし、何かあるならば、

 日本株は円建てでは下がらないが、円がクラッシュする

そうであればまだ幸せだ。