【書評】 国も企業も個人も今はドルを買え!

諦めがよすぎるのもどうか

藤巻健史参院議員の主張は、議員になる前から全くブレていない。
極めてざっくり説明すると

  • 自分は十数年前から円安誘導による経済立て直しを主張していた
  • 政府が聞かないから経済がさらにだめになった
  • もう手遅れで、ハイパーインフレは避けられない
  • しかし、そうなれば円安で輸出大国に復権できる

というものだ。
《自分の言うことを聞かないから》とか《もう手遅れ》といった議論のしかたは、国会議員としてはいかがだろう。
こうした批判を予想して、藤巻氏はこう書いている。

そう言うと、「政治家だったら、対案を示せ。批判するだけなら、単なる破綻論者じゃないか」とお叱りを受けます。
お叱りを受けるのはもっともなのですが、残念ながら、今さら「対案を示せ」と言うのは、太平洋戦争が終わる直前の1945年7月に、「それでも政治家なら米国に勝つ方法を考えるべきだ」と言うのと変わらないのです。

なんと巧妙なレトリックだろう。
巧妙に批判をかわそうと、練りに練られた文章である。

筆者は何も《米国に勝つ方法を示せ》と言いたいのではない。
《V字回復のために最良な負け方を考えろ》と言いたいのだ。
本当にハイパーインフレが不可避なのかの証明も不十分、本当に円安でV字回復ができるのかの証明も不十分。
これでは、政権に聞き耳を持てと言っても無理な話だ。
具体的な例として2点注文をつけておきたい。

マイナス金利は実行不可能か

藤巻氏は長年「マイナス金利政策」を唱えてきたが、受け入れられなかったと書いている。
ここでいうマイナス金利とは、市中銀行が日銀に預ける超過準備預金にたいする付利をマイナスにするというものだ。
そうすれば、市中銀行は超過準備を引き出し、融資など他の運用方法に回すので、信用創造が進むと期待できる。
しかし、量的緩和によって、この政策は当面封じ込まれることになる。

量的緩和政策を一度スタートした以上、もうマイナス金利政策は採用できないのです。

量的緩和はマネタリー・ベースを増やそうという政策だ。
言い換えれば、市中銀行にたくさん超過準備を積ませようという手法だ。
一方、マイナス金利政策は超過準備を減らそうという政策であり、この2つの相性は極めて悪い

可能性は尽くされたのか

ただし、それは絶対に不可能という話ではないはずだ。
テイパリングと付利の引き下げを同時進行させる可能性がゼロとは言えない。
つまり、テイパリングのマイナスを付利の引き下げ・マイナス化で補おうというような話だ。
(気の遠くなるような難しいさじ加減になろう。)
それでも日銀に損失が発生するのは避けられないだろうが、最期の最後には日銀への追加出資もありうるはずだ。
少なくとも、むざむざ日銀を破綻させたり、ハイパーインフレが発生するのを待つよりは生産的なのではないか。

上の案は、あくまで猿知恵にすぎないが、本当にハイパーインフレが不可避なのか、藤巻氏の説明ではほとんど納得できない。
筆者は以前から、年率10%を超えるようなインフレは不可避だと考えているが、(例えば、月率50%を超えるような)ハイパーインフレが不可避だとは思わない。

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