【書評】時間の経済学(小林慶一郎著)

『時間の経済学 – 自由・正義・歴史の復讐』は慶応義塾大学の小林慶一郎教授による経済・政治・思想・哲学の本。
国家財政などにかかわる世代間の不公平をどうしたら乗り越えることができるかを探求している。

お世辞にも読みやすい本ではないし、読んですぐに役立つ本でもない。
それだけに、日頃あまり接することのないようなフレームワークに触れることができる。

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例えば、国の財政・社会保障であれば、今の世代がおいしい思いをしすぎれば、そのしわ寄せは後の世代による。
今の世代が環境に対し無頓着であれば、そのつけは他地域あるいは後の世代に寄る。
そして、多くの場合それが現実に起こっている。

この状況を著者は「ライフボート・ジレンマ」と表現する。
沈みつつある救命ボートにあっては、誰かが犠牲になれば(あるいは誰かを犠牲にすれば)問題が軽減する。
全員が助かろうとすれば、船が沈む。
こうしたジレンマは同時点でも起こるし、時間を越えても起こる。

この不公平が生じるのをどう防ぐのかがテーマなのだと思う。
しかし、筆者の能力ではそれを十二分に咀嚼することができなかった。
ただ、とても新鮮な印象を受け、かつとても疲労した。

この紹介だけだと本書を過小評価してしまいかねないので、一か所、極めて即物的な部分を紹介しよう。
それは、著者が最も中央に据えていると思われる「ライフボート」である日本の財政についての部分だ。
著者は日本の財政悪化の末に起こることを予想している。
前後の文脈のあることなので原典を当たってほしいが、最も気になる部分を引用しよう。

これから先、日本経済がデフレから脱却して正常な姿になれば、その前提がくずれる。
円安傾向とインフレ傾向が定着するからである。

量的緩和にしてもヘリコプター・マネーにしても、本当に危険なのは当初の目的を達成した時だ。
皮肉なことに、結果が出ていない時には低金利・低インフレが続くため、やりようがある。
この時点なら金融市場を制御することも可能かもしれず、もしそうなら政策を出口に進めることができる。
ところが、一たび当初の目的が達成され、潜在成長力が戻り、金利が上がり、需要増・円安等でインフレ傾向となれば、やれることは限られてしまう。

インフレ率の上昇を止めるには日銀はマネーを市場から吸収しなければならないが、そのためには日銀が市場で国債を売る(市場のマネーを国債と交換する)ことが必要となり、国債の価格が暴落すること(すなわち金利の急騰)を放置しなければならない。
逆に、不況を防止するために日銀が国債を買って低金利を維持しようとすると、マネーを大量に市場に放出せざるをえない。
そうすると、日銀はインフレ率の上昇を止められなくなる。

日銀が協調なく保有国債を大きく売ることはまずありえない。
そうなれば金利が上昇し、国家財政が成り立たなくなる。
おそらく長期金利が2%も上昇すれば、政府の財政の首が絞まっていくことになろう。
2%物価目標まで1%強あり、潜在成長率の上昇もあれば、2%という数字はむしろ控えめかもしれない。

日銀がインフレを放置せざるをえなくなると、こんどは国民生活が厳しくなる。
仮にインフレが2%で止まるという奇跡が起こっても、毎年2%物価が上昇するのだ。
10月の消費増税は2%、これをCPIにすると1.6%程度の上げに相当すると見られる。
この1.6%で政治家の過半、国民の半分が大騒ぎをしている。
消費増税を心配するのはもっともだが、同時に将来永遠に続くインフレ税も心配した方がいい。
(皮肉なことに、日本のディスインフレが続けば、この心配はいらない。)

さて、ここで述べられていない1つのシナリオがある。
それは、日銀が保有国債を売るのと同時に、政府が債務を縮小するというシナリオだ。
そうすれば、市場で流通する国債の額は増えず、金利への影響を抑えられるだろう。
しかし、それも現実味はかなり薄い。
日銀はすでに国債だけで450兆円以上保有している。
対する税収は62兆円にすぎない。
日銀のバランスシート縮小にマッチする金額を捻出できるとは考えにくい。
では、国以外に誰か買ってくれないか。
金利が低すぎ、金利が上昇すると見れば、その時に債券を買いたい投資家は稀有と考えるべきだろう。

つまり、後の世代につけを回さないためには、ほどほどのところ(そんなにインフレや経済成長が戻らないうちに)で撤収を考えた方がいいということなのではないか。
日銀は口に出さないが、日銀がこれまでやってきたステルス・テーパリングはまさにそれであると思う。
あの人たちはとても頭のいい人たちだから。