【輪郭】ウクライナ問題は長引く覚悟を

驚くような展開が続くウクライナ情勢だが、不透明な状況は予想外にだらだらと長く続くと見ている。

ロシアがここまで無茶に見える行動をとるのは止むに止まれぬところまで追いつめられたからだろう。
冷戦に負けて以来、NATO加盟国はどんどんロシアに迫ってくる。
困窮した旧ワルシャワ条約機構加盟国が経済的メリットを求め、どんどん西側に近づいていった。
西側は乞われて手を差し伸べた。
ただし、冷戦は一応終わったのに、NATOの仮想敵国は依然としてロシア。
昨年10月にはNATOがロシアのNATOオブザーバー代表部の外交官8人をスパイとして追放し、同代表部定員を20がら10へ減員している。
ロシアはむしろ自国が被害者に近いと思っており、自国に敵対する軍事同盟が国境付近に近づき危機感を感じている。
国際ルールに反しようが、制裁を科されようが、退くに退けないと感じているのだろう。

ロシアにとって今は千載一遇のチャンスでもある。
インフレに苦しむ欧州に対し、天然ガス供給を(暗黙の)交渉材料にできる。
逆に、欧州は決定的な決裂を避けたいはずだ。
一方、2015年以降ロシアは外貨準備を積み上げており(意図したか否かは別として)制裁への備えとなっている。

米国は大いに危機感を抱えていようが、一方で、政権内部には違った思いもあるはずだ。
パンデミック対応・経済政策で支持率を落とした政権にとって(不謹慎をお詫びするが)憎い敵の出現は《棚からぼた餅》という面もある。
一義的には欧州の問題であり、自国民への姿勢として解決を急ぐモチベーションは薄い。
中間選挙を控え、最良のタイミングで電撃和解というのが選挙から見た損得勘定だろう。

日本はどうか。
岸田首相は23日、3項目の対ロ制裁を発表している。

  • いわゆる2つの共和国の関係者の査証発給停止及び資産凍結
  • いわゆる2つの共和国との輸出入の禁止措置の導入
  • ロシア政府による新たなソブリン債の我が国における発行・流通の禁止

1つ目は当たり前。
2つ目は、該当の取引がどれだけあるのか疑問。
すでにウクライナ政府と対立状況にあったいわゆる「ドネツク人民共和国」・「ルガンスク人民共和国」との取引はそう多くないだろう。
3つ目は多少影響があるだろうが、ソブリン債に限った話であり、中国(今回様子見のようにも見える)の動向にもよるのだろう。
概して、現時点での日本による制裁は抑え気味のように見える。
今後さらに状況が悪化した時に西側の一員としてやれることも残しておかなければいけないのだろう。

今回の対立は冷戦が本格的にぶり返し、かつ、ロシア自体による軍事行動をともなっているという意味で深刻なものだ。
本来なら相当に重大なネガティブ・イベントであるはず。
もちろん市場はネガティブに捉え下げているが、本来の深刻さほどではない。
多少のダウンサイドとノイズ程度という受け止めか。

ゴールドマン・サックスの21日のレポートでは、最悪のシナリオで、S&P 500が約6.2%、日本株・欧州株は約9%、ユーロ/ドルが2%の下げ余地だという(Bloomberg)。
22・24日の2営業日ですでにTOPIXは2.7%下げており、最悪シナリオの3割が消化済みという計算になる。
S&P 500の約6.2%にしても、もちろん大きな下げだが、事の深刻さにしては大幅とは感じられない。

やはり市場の注目はFRB金融政策に向けられている。
ウクライナ問題はそこそこ織り込まれたら忘れられていく可能性もある。
過去10年の特に米市場を思い出せば、そうしてしまうほどの楽観がないともいえない。
皮肉なことに、ウクライナ問題が不確実性を高め、FRBの引き締めの手を緩めさせる可能性さえある。

1つ読みにくいのが欧州のインフレ動向だ。
これがどう欧州以外、とりわけ日本に影響を及ぼすのか。

こうした相場で大切なのはパニックしないことだろう。
パンデミックを思い出せば、一方的に弱気と捉えるのは間違いだった。
今回また強気に転じる保証は何もないが、相場とはいつもサプライズが起こりうる。
売るにしても買うにしても、冷静さを失わないようにしたい。


山田泰史山田 泰史
横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

本コラムは、筆者の個人的見解に基づくものです。本コラムに書かれた情報は、商用目的ではありません。本コラムは投資勧誘を行うためのものではなく、投資の意思決定のために使うのには適しません。本コラムは参考情報を提供することを目的としており、財務・税務・法務等のアドバイスを行うものではありません。浜町SCIは一定の信頼性を維持するための合理的な範囲で努力していますが、完全なものではありません。本コラムはコラムニストの見解・分析であって、浜町SCIの見解・分析ではありません。