【書評】量的・質的金融緩和 – 政策の効果とリスクを検証する

時価と連結は世間の常識

世の民は簿価ではなく時価でものを見ている。
そして、世の民にとって政府も日銀も同じこと。
つまり、政府と日銀の財政は連結ベースで見られている。
そういう視点で言えば、

 金利上昇があればすぐさま日銀のバランスシートは悪化するし
 そこで政府が日銀の増資を引き受けても「見せ金」にすぎない

ということになる。
親会社が子会社に増資をしたからといって、連結ベースで見れば同じこと。
親会社が借金まみれの時に金利が上がれば、親会社は破綻の危機に追いやられる。
子会社の主たる資産が親会社発行の債券であれば、その価値が急落し、子会社も同じように危機に追い込まれる。

市場、格付、会計の反応速度

こういう事象が発生すれば、

 市場はすぐさま反応する
 格付機関は数週間後に反応する
 日銀の財務には数か月後-数年後に反映される

ということになる。
本書は、客観的であろうとするあまり、この「数か月後-数年後」の事象で議論してしまっている。
これがもどかしい。
本書は

政府・日銀は利得と損失の配分についてあらかじめ協議すべき

と提唱する。
まったくそのとおりなのだが、とうの昔からわかっていたことでもある。

金融抑圧は出口でも活躍

一方、本書にも妙策・奇策を思い出させてくれるくだりがある。

金利上昇による超過準備への利払い負担を圧縮する手段として、預金準備率の大幅な引上げも選択肢の一つとして考えられる。

というあたりだ。
これは、翁邦雄京都大学教授の著書「日本銀行」で提起された4つの選択肢の1つを紹介したものだ。
翁教授は当初より出口戦略の重要性を説いていた。

異次元緩和が出口を迎え、利息収入が減り始めても、日銀のバランスシートは当面は拡大したままだ。
大きな資産を支えるために負債があり、その一部には不利されている。
その金利まで上がってしまうと、利払い負担ばかりが増える。
利払い負担を減らすためには、ただのお金を預かればいい。
そのためには、市中銀行から預かる無利子の当座預金残高を増やせばいい。
それが、「預金準備率の大幅な引上げ」である。

これは何を意味するものか。
翁教授は金融抑圧と指摘し、実質的な課税であると書いている。
日銀に発生する損失を回避するために、市中銀行に無利子の運用を強いる。
つまり、日銀の損失を市中銀行に転嫁するのである。
その損失はどう処理されるか。
銀行は貸出金利を引き上げるか、預金金利を引き下げるか、配当を下げるか、株価の下落を看過するかしなければいけない。
借り手、預金者、銀行の株主が損をする話になる。
これが「隠れた税金」と言われるゆえんだ。

今もある金融抑圧

思えば、私たちはすでにこの金融抑圧に苦しんでいる。
日本に暮らす以上、私たちはある程度は円の現預金を持たざるをえない。
近年、預金・債券の金利は物価上昇率を下回っている。
私たちが保有する現預金・債券の購買力は今も減少している。
これが現在の金融抑圧であり、隠れた税金だ。
異次元緩和の出口では、もう一段の金融抑圧に苦しむことになるのだろうか。

こういう議論を見ている限り、量的緩和とは問題の先延ばしにすぎないとの感が強くなってくる。
一時的な景気浮揚策としての有効性を否定はしないが、その有効性のつけは後に払うことになる。
FRBが不安を抱えながらも早期に金融政策の正常化を進めようとするのも納得だ。
日本も一刻も早く経済を回復させ、異次元緩和の出口を見通せるようにすべきだろう。
本当の問題は、緩やかなパスがまだ残されているのかということなのだが。