M&A減税は丁寧な設計が必要

自民党税調がM&Aに対する減税を検討している。
内部留保の活用とイノベーションを促す目的だという。

最初に少々小姑のようなことを言わせてもらう。
(小姑の皆さん、ごめんなさい。あくまで言葉の綾です。)
弊社が繰り返し言ってきたように、内部留保は善であり、内部留保が事業に必須でない現預金・証券等で運用される場合が悪なのだ。
内部留保は事業投資の源泉となるもので、これを悪と呼ぶのは誤解を与える。
厳密な議論のためには、内部留保という言葉は使わず、余剰キャッシュと呼ぶべきだ。

内部留保が余剰キャッシュとして運用されることは問題だ。
企業は事業体として資金を預かっているのだから、そのキャッシュは事業のために有益に使うべきだ。
どうしても使い道がわからないなら、株主に返すべきだ。
仮に有益な使い道を見つけた場合、キャッシュが使われ事業資産に振り替わる。
この時、内部留保は減らない。
キャッシュや事業資産はバランスシートの左側、内部留保は右側の勘定であり、内部留保が減るはずがない。

内部留保が減る典型的なケースは大きく2つ。
株主に還元した場合と損失を計上した場合だ。
産業振興を目的とするなら、いずれも望ましいものとはいいがたい。
(ただし、前者は、資本が別の有効な使い道に回るというメリットがある。)

さて本題に移ろう。
日本経済新聞電子版によれば、自民党税調が新たな法人減税を検討するという。

「自民党税制調査会の甘利明会長は日本経済新聞のインタビューに応じ、M&A(合併・買収)への減税措置を検討する方針を示した。
企業に利益の蓄積である内部留保の活用を促す。
投資額の一定割合を税額控除する案を検討対象に挙げた。」

現時点でこのアイデアにケチをつけるつもりは毛頭ない。
いい制度を作っていただければ大賛成だ。
ただ、この制度作りは決して容易ではないだろう。

弊社は現在こそ投資を本業としているが、かつて投資だけで食えない頃、M&Aのコンサルティングで食べていた。
筆者が投資銀行でM&Aアドバイザリー、PEファンドでフロントをやっていたためで、すぐにたくさん食える手段だった。
(おかげ様で投資で食えるようになってからは、M&Aコンサルの受注を控えている。)
だから、M&Aには肯定的だし大好きだ。
同時にM&Aの現実もいやというほど目にしてきた。

M&Aには多くの社会的意義が存在するが、ここではマクロ経済への寄与に注目しよう。
M&Aは経済を大きくするか。
ケースにもよるが、多くの場合、少なくとも短期的には経済を小さくすることが大きい。
それは、多くのM&Aでは合理化をメリットに謳うディールが多いためだ。

M&Aは短期的には新たな事業・設備の創出ではなく、単なる所有の移転だ。
単なる所有の移転に合理化が重なると短期的には悲しいディールになる。
例えば、自動販売機のオペレーター間の合併・買収を想定しよう。
M&Aが起これば、まず合理化が模索される。
会社の儲けは増えるが、労働者への分配や雇用は減ってしまうかもしれない。
きっと効率化が進むと仕入れや設備投資も減るだろう。
こうした現象は、製造業でも起こりうる。
重複する製品群を一本化することで、設計・製造・販売まで合理化の余地が生まれるかもしれない。

もちろん、こうしたM&Aを政府が優遇する理由はない。
ただし、そうだとしても、筆者はこういうM&Aにも大きな意義があると考えている。
非効率な事業体を温存するより前向きな可能性を生むだろうからだ。

では、政府が優遇すべきM&Aとは何か。
それが、イノベーションを生むM&Aとなる。
しかし、イノベーションという言葉は実務家からすれば陳腐な言葉だ。
こうした具体性のない言葉でお茶を濁してはいけない。

政府が優遇すべきM&Aとは何か。
それは、政府が優遇してきた投資にヒントがある。
設備投資や研究開発だ。
いずれも新たな生産設備・製品・事業につながるために優遇されてきたのだ。
これらが所有の移転や合理化とは異なり全体のパイを増やす可能性が高いのは明らかだ。

自民党税調はもちろんこうした点を踏まえている。

「念頭にあるのは内部留保を使った新規事業への投資だ。
対象になる投資の範囲や控除割合など詳細は今後、自民党税調で議論して詰める。
利用できる企業を資本金や出資金の規模で絞らず、幅広く活用できる制度にする方向だ。
甘利氏は『イノベーションの気概が薄い大企業を第2創業のような勢いで伸ばしていく』と語った。」

単なる「新規事業」ではダメだ。
大企業の多角化に悪用されかねない。
この新規事業は、M&Aの当事者のいずれもがまだ有していない新規な何かを生み出すのでなければいけない。
単なる所有の移転であれば、単なるバラマキだ。

この制度はかなりワーディングが難しくなるのではないか。
民間にはバラマキのおこぼれを拾うプロが多く存在する。
曖昧なきれいごとでルールを飾るだけなら、そうしたプロが完璧な作文で国民の血税をかすめ取ろうとするだろう。
自民党税調の頑張りに期待しよう。


山田泰史山田 泰史
横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

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