【休憩】経常収支の謎 Current account conundrum

前から不思議に思っていたのだが、経常収支って、何で経常収支って言われているのだろう。

経常収支は英語で「current account」。
私の知る限り「current」という単語と「経常」という言葉が同義のようには感じられない。
そこで、この問題の日本における最高権威と思われる財務省のウェブサイトを見てみた。
そこでの経常収支の説明は

貿易・サービス収支、第一次所得収支、第二次所得収支の合計。
金融収支に計上される取引以外の、居住者・非居住者間で債権・債務の移動を伴う全ての取引の収支状況を示す。

となっている。
実は、経常収支については、こうした定義(?)が用いられることがとても多い。
a) 内訳項目を列挙し、その和とするもの。
b) 金融収支以外のもの、とするもの。
なぜだか、経常収支の趣旨自体を説明する定義がほとんど見受けられないのだ。

では、海外ではcurrent accountをどう説明しているのか。
IMF

「current accountは居住者と非居住者の間の財、サービス、第一次所得収支、第二次所得収支のフローを示す」

と記されている。
つまりaパターンだ。

一方OECDでは

「current accountは、経済的価値を含み、居住者と非居住者の経済主体間で起こるすべての取引(金融項目を除く)を含む。
無償で供与または受領されたcurrentな経済的価値の差し引きも含んでいる。」

とされており、こちらはaとbの折衷だ。
1文目はbだし、第二次所得収支を示す2文目はaだろう。

経常収支またはcurrent accountとは、どうやら不可思議な概念のようだ。
その趣旨が十分に説明されないまま小計の項目として用いられ、しかもやけに重視されている。
こうした現象は、おそらく経常収支の構成の変化によるものなのだろう。
グローバル化が進展するにしたがい、貿易が増え、さらに資本のやり取りが増えてきた。
貿易収支が経常収支の主たる構成要素だった時には、経常収支の概念はもっととらえやすかった。
しかし、第一次所得収支が増えるにしたがい、その概念は捉えにくくなっている。

今年2月の国際収支(出典:財務省、単位:億円、季節調整前速報値)

経常収支 16,483
 貿易・サービス収支 -3,803
 第一次所得収支 22,745
 第二次所得収支 -2,459
金融収支 10,364
 直接投資 5,009
 証券投資 -28,399
 金融派生商品 3,138
 その他投資 26,593
 外貨準備 4,023

国内の金融投資家が関与しそうなのは、おそらく「証券投資」「金融派生商品」「その他投資」だろう。
そして曲者なのが、最近よく指摘のある「第一次所得収支」だ。
財務省の定義は「対外金融債権・債務から生じる利子・配当金等の収支状況」であり、これには直接投資、証券投資、その他投資の収益が含まれている。
つまり、国際収支の建付けは、元本の出入りは金融収支だが、利子・配当は経常収支、というふうになっている。
そして、利子・配当の部分、金融収支の部分がとても大きな変動要因となっている。

ここで、国際収支上の分類はともかく、海外投資の利子・配当は「経常」なのか、との疑問がわくはずだ。
特に金融投資家は、元本と利子・配当を分けて考えているだろうか。
読者が外国株投資をしていたとして、受取配当をいつも律儀に円転して受け取っているだろうか。
おそらく多くの投資家は、外貨のまま持っていて、外国資産に再投資しているはずだ。
これは、事業会社も同じで、高成長の海外市場で利益が上がれば、たとえ配当する場合でも一部を海外での再投資に充てようとすることが多いのではないか。

経常収支とはもはや「経常」的なものではなくなっている。
経常収支が黒字だから心配ないという論理はどんどん説得力がなくなっている。
この不適切な訳語はいったん忘れよう。
その時、もしも読者が《current accountが黒字だから大丈夫》とのたまう人がいても、もはやどんな論理なのかさえわからないのではないか。


山田泰史山田 泰史
横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

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