【Wonkish】高配当は本当に有利なのか復習しよう

最近、高配当株が流行りだという。
みなさん知った上で騒いでいるのだとは思う。
釈迦に説法だろうが、ファイナンス理論における配当についての基礎理解をおさらいしておこう。

ビジネススクールのファイナンスの講義の101か201ぐらいで習う理論にモジリアニ・ミラー理論というのがある。
名前から推測されるとおり、モジリアーニとミラーによって提唱された。
その後2人ともノーベル賞を受賞しているから、なかなか重要な理論であるとわかる。
なにより、ファイナンスを勉強したことのある人なら、まず間違いなく聞いたことのある理論である。

多くの人がこれをMM理論と呼ぶ。
この理論は3つの命題により構成され、その第2命題(MM2)は

  企業の利益配分と企業価値とは無関係

というものだ。

つまり、会社が利益を株主に還元しようがしまいが(利益配分込みの)投資の現在価値は変わらないというものだ。
筆者は、このMM2を企業の利益配分に対する基本的見方にすべきと考えている。
言い換えれば、高配当だろうが、自社株買いをたくさんやっていようが、それは投資の価値には影響しない、とひとまずは考えるべきだとの信念を持っている。

金融資産抱え込みはダメ

といいながら、実際にはもう少し変わってくる。
まず第一のポイントが、企業がきちんと事業投資をやれているかだ。
仮に企業が稼いだキャッシュフローをリスク/リターンの見合ったプロジェクトに再投資できない場合、これは企業価値を下げる要因になる。
企業にとってはとりあえず金融資産に投資するところもあるが、果たして彼らは金融投資のプロなのか。
あるいはそれが彼らの役割なのか。
もしも投資家のお金が金融資産に回るなら、それは企業を介してではなく、いったん株主に還元した上で株主から投資すべきではないか。
こうした考えが昨今の東証による資本コスト等にかかわる提言の背景にあるのだと思う。

MM2では株主還元で企業価値は変わらない

次に、この問題をクリアした企業があったとする。
つまり、配当を出してもいいが、出さなければ企業としてリスク/リターンの見合ったプロジェクトに投資できるという場合だ。
簡単のため、配当に所得税はかからないと仮定する。
これがMM2だ。

MM2では、配当するか否かは企業価値に関係ないとなる。
背景にあるのは、キャッシュフローの一部を手前でもらっても、太らせてから将来もらっても、現在価値は変わらないという考えだ。

繰り返すが、私はこれをひとまず基本線として考えるべきだと思う。

MM2+Taxでは高配当は不利に

次に、配当に(非課税口座でないため)所得税がかかってくるケースを考えよう。
このケースがMM2+Taxである。

(ちなみにMM+Taxというと、企業側の法人税のTaxを指すこともある。
これは、タックス・シールドを示すためのモデルであり、税の導入によって企業価値が上昇する。
ここで議論しているMM2+Taxとは全く別の観点である。)

MM2+Taxでは、直観的にわかるだろうが、税金がまず不利に働く。
次に、手前で支払うキャッシュアウトは不利だ。
結果、MM2+Taxでは、配当を受け取る方が投資価値が下がってしまう。
高配当株を考える時、この理論的な考えは極めて重要だ。
高配当がいいという一方的な考えは捨てるべきなのだ。
特に長期投資であれば、そう認識しないといけない。

根源的価値を上回る長期成長はできない

高配当株を長期投資する場合を考えよう。
思考実験なので、ファンダメンタルズに基づく根源的価値が計測可能と仮定する。
仮に今も将来も高配当株がなぜか市場で好かれ、根源的価値より50%も高く評価され続けるとしよう。
例えば、長期で根源的価値が倍になったとすれば、株価も倍になるにすぎない。

長期のホライズンで見れば、根源的価値からの上乗せ分は永遠に開き続けることはない。
また、配当を多く出したから根源的価値が速く成長するわけでもない。
むしろ、MM2+Taxはそれを否定している。

高配当株人気はむしろ短期トレード

では今なぜ高配当株がもてはやされるのか。
長期投資家にまで推奨されているのが現実だ。
実は、高配当株がアルファを生み出すような状況とは、むしろ短期的、よくて中期的なトレンドに着目した投機、またはトレードなのである。
たまたま東証から提言が出るなどして、セールスしやすい環境になっただけなのだと思う。
筆者はそれを非難するつもりはないが、聴衆がそれを正しく理解できているか心配だ。

また、詳説しないが、増配や自社株買いが有するシグナリングの効果も存在する。
しかし、シグナリング自体の株価への効果は短期的材料である。

高配当株の本当の魅力

高配当株に魅力がないわけではない。
利益をいったん株主に還元しようという考えは誠実だと思う。
見識ある投資家は、こうした部分にも注意を払い、企業経営者を値踏みしていると思う。

また、年金基金・財団や引退世代の中には定期的なキャッシュフローへの需要も大きい。
しかし、それとリターンの議論を過度に関連付けるべきではなかろう。
別個のポイントとして検討すべきものだ。

配当より自社株買いが有利

もう1つ、自社株買いとの優劣についてもざっくりと説明しよう。
同じ企業が株主還元する場合、配当がいいか、自社株買いがいいか。

個人の分離課税の場合でいうと、配当に約2割の税金がかかる。
自社株買いなら株主のキャピタル・ゲインに対して約2割の税金がかかる。
通常、取得単価はゼロでないから、還元される金額が同じなら、当然、税金は前者が多くなる。
手前で多くの税金を払わなければいけないから、前者が不利になる。

この計算は法人になれば変わってくる。
しかし、変わらないのは、還元を受けたくない投資家は、自社株買いで売る必要がないということ。
投資家の意向によって手前の納税は回避できる。
ウォーレン・バフェット氏が自社株買いを投資先に推奨する1つの理由はここになる。
(もう1つは自社株買いによってバークシャー・ハザウェイによる持分が上がる点だ。)

最後に注意していただきたいのは、これは高配当株を含むバリュー株とグロース株の比較ではない。
バリューVSグロースとは、根源的価値と株価の乖離度合い、根源的価値の計測可能性に主眼をおいた論争である。


山田泰史山田 泰史
横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

本コラムは、筆者の個人的見解に基づくものです。本コラムに書かれた情報は、商用目的ではありません。本コラムは投資勧誘を行うためのものではなく、投資の意思決定のために使うのには適しません。本コラムは参考情報を提供することを目的としており、財務・税務・法務等のアドバイスを行うものではありません。浜町SCIは一定の信頼性を維持するための合理的な範囲で努力していますが、完全なものではありません。本コラムはコラムニストの見解・分析であって、浜町SCIの見解・分析ではありません。