TINA、FOMOからYOLOへ

実は筆者はサブプライム危機の前からいくつかバブルのヒントを得ていた。
当時、日米企業間の提携交渉に関与することがあったが、米企業の事業開発マネージャーから話を聞いていた。
同氏は家を3つ所有しており、1つは居住用、2つが転売用だということだった。
家を担保に新たな家を建て、それを繰り返すと、財産が増えるという話だった。
若い頃バブル後の銀行で融資担当を経験した筆者からすると、既視感のある話だった。

また、投資銀行時代の上司や同僚からも、米市場の危うさを聞いていた。
ベアスターンズが危機に陥った頃、米国からの噂として「まだまだこれかららしい」という話を聞いた。
強気の人間が多い業界だから、少々意外だった記憶がある。

筆者はいくつかこういうヒントを聞いていた。
それでも、リーマン危機のような事象はまったく予想できていなかった。
人間の想像力とはそういうものだろうし、想像力を削ぐほど2006年までは平穏だった。
評価額がどんどん増大しても投資残を減らすことはなく、結果、危機後の基準価格は最悪期までで4割以上低下した。

シリコンバレー・バンク破綻など、昨年から小さな事故は起こっている。
今後も小さな事故が続くのではないか。
小さなセクター/セグメント、遠くの小さな国などで、ちょっとした破綻が起こるのだろう。
これは黒ひげ危機一発の小さなナイフのようなもの。
ナイフを刺す間も株価上昇は続くのかもしれない。

現状をバブルと呼ぶのには無理がある。
バブルを経験した者はみんな理解できるはずだ。
バブルにおいては、無数のおバカさんが現れる。
多くの人がバブルを心配する一方で、それを凌駕するおバカさんが市場を支配する。
最近で言えば、まだ元気いっぱいだったころのビットコインやミーム株だ。
主役は個人になるはずだ。
だから、理詰めではピークを予想できない。
心理やナラティブの観察が重要になる。

これまで(FP等で)何度もTINAやFOMOなど米市場のバズワードを伝えてきた。
TINAとは「there is no alternative」(他に選択肢がない)の略。
FOMOとは「fears of missing out」(取り残される恐怖)の略。
これらは、リスクを取りたくないけど仕方ないといった、バブルとは程遠い意識だ。
最近ではYOLOという略語もあるそうだ。
「you only live once」(人生一回っきり)の略。
バブルに踊っているのではなく、リスクを理解してやってみる、あるいは他人を煽るニュアンスに聞こえる。
少しバブルに近づいているかもしれないが、バブルそのものの陶酔感ではない。

現状はバブルなのか。
米市場の方でバブルに発展する可能性が出てきたように感じる。
近年の財政政策の効果が剥落しても景気が持ちこたえるなら、バブルかどうかは別として、元気すぎる株高が継続するかもしれない。
一方、日本市場はまだ自分の足で歩いていない。
アベノミクス開始後のように、外国人が短期的に利益を得て去るとともに萎んでしまうかもしれない。
なにしろ、日本はテクニカル・リセッションになっている。

市場とはとても不合理なものだ。
合理的に見て好材料がなくても上がり続けることもある。
バブルでなくても弱気相場はやって来る。
だから結論はいつも同じ。
フルインベストは危険だし、すべて売るのはもっとよろしくない。

人生を1回のサイコロに任せるならYOLOでいいが、そういう人は少ないはず。
長い人生、常に投資と付き合うことになる人がほとんどだ。
投資をやめてはいけないし、現預金も持っておくべきだ。
大きな上げを逃さない。
大きな下げを逃さない。
バランスが大切だ。


山田泰史山田 泰史
横浜銀行、クレディスイスファーストボストン、みずほ証券、投資ファンド、電機メーカーを経て浜町SCI調査部所属。東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科修了 理学修士、ミシガン大学修士課程修了 MBA、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

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