【解題】浜町SCIやフィナンシャルポインターは財政破綻の終末論者?

《浜町SCIやフィナンシャルポインターが財政破綻の終末論をぶっている》との声を聴くことがある。
驚くべき誤解だ。
私たちは、日本政府の財政が破綻するなどと予想したことは一度もない。

アベノミクスや異次元緩和が始まる1年近く前、浜町SCIでは「国債暴落のシナリオ検証(2)日本国はいったいいくら踏み倒せばいいのか」と題するコラムを公表している。
ここでは、政府が債務を600兆円ほど、当時の政府債務の半分強だけ減らせばいいと書いている。

価値を半分に減らすのにハイパーインフレなど要らない。
ハイパーというからには、短期間に物価が1桁上がるようなインフレを指すはずだが、そんな必要はない。
仮に物価を一瞬でジャンプさせることができるなら、倍になればいいだけの話なのである。
基調的なインフレに加え+5%ほど高いインフレ率が続けば物価は(基調的上昇分を除いても)十数年で倍になる。
仮に、+10%上乗せするなら、7年もかからない。

政府の財政持続性を維持するのは数字の上では容易なことだ。
そして、よほどおかしな人でない限り、政府の財政破綻を望む人はいない。
政府が破綻してしまえば、将来の社会保障も公共サービスも受けられなくなり、カオスな社会になるのは明らかだ。
だから、私たちは政府の財政破綻を予想したことはない。

逆に予想しているのが、家計の破綻だ。
私たちを終末論者と呼びたいなら、それは政府財政についてではなく、家計についての終末論である。

積極財政派がかつてよく言っていたトピックスに《日本の国債は9割を日本人が保有している》というものがあった。
だから日本は大丈夫、といった文脈で使われるのだが、これは滑稽でしかない。
日本政府の債務が多すぎる場合(実際、政権・政府・与党でさえその心配をしている)、それを減らすには債権者または国民に負担を求めるしかない。
国債のほとんどが国内消化であるという事実は、政府を救うために日本人、とりわけ家計がその負担を負わざるをえないことを意味する。
仮に国債のほとんどが外国人に保有されているなら、極端な話、政府がデフォルトを宣言すれば、負担を外国人に付け回すことができる。
しかし、現実の日本では、政府が困窮すれば、そのツケは何らかの形で国民が負うことになるのである。

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