【書評】日本銀行と政治 – 金融政策決定の軌跡

上川龍之進大阪大学准教授による日本銀行の軌跡。
政府・与党からプレッシャーをかけられ続ける日銀を、速水優、福井俊彦、白川方明、黒田東彦の総裁4代にわたって描く。

よく言えば週刊誌的な面白さ・読みやすさだ。
テレビに出てくる政治評論家などが言いそうな観測も含めて書かれているので、個々の事実のあいだに文脈があり、理解がしやすい。

悪く言えば、面白く・わかりやすくしたがゆえに、やや一面の真実が前面に出続けているとの疑念が湧く。
新書とは思えぬほど長い注記リストがついているが、朝日新聞記事の占める割合が圧倒的に多い。
歴史の解釈とは唯一絶対のものではない中で、著者はある一群の政治観を持って本書を描いた可能性もある。

今世紀のファクト・ファインディング

本書の最大の手柄は、精緻な調査の跡だろう。
1990年代終わりから現在に至るまでの日銀金融政策と関連する政府・与党・議会の動きが列挙されている。
さらに、本書は米国の金融政策についてもふれており、より理解を深めやすくなっている。
実務家・研究者がこの時代を振り返ろうとする時、便利なスタート・ラインになってくれよう。

以下、興味深かった点を2点紹介しよう。

非不胎化介入という概念は無意味

為替市場に非不胎化介入すべきとの議論が1990年代終わりからあったのを記憶されている読者もいるだろう。
非不胎化介入とは、政府・日銀がドル買い・円売りの為替介入をした時、市場放出した円を吸収しない形での介入のこと。
いわば、不胎化介入+量的緩和のようなもので、リフレ派が政府・日銀を制圧するまで口にしていた方法論の一つだ。
本書では、この非不胎化介入についての日銀の考え方が説明されている。

為替介入においては、金融政策の誘導目標を変更しない限り、自動的に不胎化されるという。

  • 誘導目標が短期金利であれば、介入による円資金放出で金利は下がる。
    短期金利を誘導目標まで高めるために、日銀は売りオペをして資金を吸収(=不胎化)することになる。
  • 誘導目標がマネーベースであれば、介入による円資金放出分だけ誘導目標をオーバーしてしまうので、その分を吸収することになる。

このようなしくみを熟知していた日銀は「『非不胎化介入」という概念自体、無意味であると考えて」いたのである。
つまり、「非不胎化介入」という言葉はまさに 不胎化介入+量的緩和 であり、量的緩和の効果を発揮させるためには、為替介入と同時に金融政策の誘導目標を緩和的に変更することが必要なのだ。

為替介入とは政府が決めて日銀が代理事務を行うものだ。
つまり、為替介入は政府の行動である。
その為替介入が行われるタイミング、おそらくサプライズもあるタイミングで、日銀に金融緩和をプラスさせようというのが非不胎化介入であることになる。
なるほど、火事場泥棒のような無理筋に聞こえる。